1982. British Quad. 30X40inch. Rolled.

■「クールで奇抜で魅惑的な未来派刑事スリラー」

 イギリスの映画館主向けに作られた宣材カタログ「EXHIBITORS CAMPAIGN BOOK」を見ると、彼の地ではフォルクスワーゲン社とのタイアップをメインに、大々的な宣伝キャンペーンが展開されたことがわかる。バッジやサンバイザーなどが制作され、本国にも負けないくらい充実した宣伝がなされたのは、アメリカでの興行的失敗を受けてのことだろう(イギリスでは82年秋の封切りだった)。

 フランス版ポスターがJouineau Bourdugeによりデザインされていることから、スペイン・イタリアそしてこのUK版も同じデザイナーの手によるもの(ただし俳優3人の位置やロゴデザインが微妙に異なる)と思われる。背景に広がる「冥界風景」は、日本&ドイツ版と同じものを使用。空をムダに入れたFR・IT・SP版と違い、上部を切ったせいで奥行き感が増し、更に右端にある巨大ビル(これもタイレル社)をも収録したのは横型であるイギリス版ならでは。ハリソン・フォードの名前とタイトルを挿入した位置も上手くバランスが取れている。
 ちなみにタイトル文字の間にあるシンボル・マーク(主人公デッカードのシルエット)をポスター上で見られるのは、イギリスで作られたものだけである。
 上部のキャッチ・コピーは「クールで奇抜で魅惑的な未来派刑事スリラー」とでも訳せばいいだろうか。どういうわけかH・フォードだけ単色だったり、ショーン・ヤングの指にはタバコがあったはずだが消去されていたり、何故ルトガー・ハウアーにこの写真を採用したのか謎だったりもする。それでも2019年のL.A.風景を画面いっぱいに写真で(これが大事)フィーチャーしたこのデザインは、小生にとって『ブレードランナー』のベスト・ポスターである。

 このポスターを、なんと折り目無しで持っていたのは、英仏海峡に浮かぶチャネル諸島(Channel Islands)の中の1つ、ガーンジー島(Guernsey Island)の某氏だった。この島はイギリスよりもむしろフランスに近く、第二次大戦ではドイツの占領下にあった。メールを何度かやりとりする内に、「明日は解放記念日なんだ」と書かれていたのを憶えている。ちなみに『エイリアン』に参加したことで有名なSFイラストレーター、クリス・フォスはこの島の出身である。
 島内に映画館があってそこから入手したものなのか、それとも本土で手に入れたのか、このポスターの入手経路については知らない。しかし折られることなく保存されていたのは奇跡としか言いようが無い。しかもロンドンではなく、ガーンジーなどという初めてその名を聞く離島で見つかったのだ。

1982. British 4 Sheet (Double Quad). 40X60inch. Foldled.

■Deckard with Double-decker

 「4シート」とも「ダブル・クアッド」とも呼ばれるイギリス大判ポスターは、主に屋根付きのバス停(「バス・シェルター」と言う)や地下鉄の駅構内に貼られるものである。通常のBQの2倍の大きさを持つこのタイプは、その形状を考慮してBQとは異なるデザインを持つことがある。『ブレードランナー』では、BQの左右をトリミングして、ハリソン・フォード、ショーン・ヤング、ルトガー・ハウアーの姿を拡大して前面に押し出し、タイトルを欄外に据えた4シートが制作された。
 このレイアウトのおかげで、ほぼ同サイズのフランス版やイタリア版に比べ、ハリソン・フォードの顔が断然デカい。ボウリングの玉ほどもある。フランスで制作されたビルボード看板を除けば、最も大きいサイズでこの3人を拝めるのは、このポスターだと思われる。そして当然ながら、背後にあるロサンゼルスの夜景も大きい。見ていると吸い込まれそうな気がして来る。この大きさにこそ、このポスターの魅力がある。

 「EXHIBITORS CAMPAIGN BOOK」でその存在を知って一目惚れして以来、長い間このポスターを追い求めて来た。現地のディーラーに声をかけて網を張り、ebayを毎日のようにチェックして来た。だから、ebayにこのポスターが現れた時、思わず声を上げてしまった。何が何でも手に入れなければならない。オークションという俎上に載っていることに耐えられず、セラーと交渉して引き上げさせることに成功した。値段は250ポンド。このポスターの極端なレア度を考えると、ショップに並べば恐らくその倍近い値札が付くはずだから、決して高い買い物だとは思わなかった。
 裏に両面テープを剥がした後があり(持ち主が部屋に貼っていた模様)、全体的にすすけた印象で、小さなシミも点在している、といったコンディション。ただし、ロール状に保存されていたおかげで、折り目に沿った擦れや破れなどの劣化が無いのは良かった。すすけた色合いも、ヴィンテージ感があると考えれば愛すべき範囲内に納まるという、まさにこれは「痘痕も笑窪」の恋心と言うしかない。最下部にある公開期日の表示も良い感じだ。ダブルデッカー(2階建てバス)とこのポスターのミスマッチな光景を想像してみるのも楽しい。

 ちなみに、このポスターの正規の価格、つまりNational Screen Serviceが映画館主に販売する価格は、なんと2ポンド。上記のBQは1ポンドである。ヒットしなかったであろうから、この宣伝費は高くついたはずだ。興行主も大変である。公開終了後ポスターを譲り受けてコレクター相手にさばく人間が、結局一番良い思いをしているのだな。