■サントラ暗黒時代
1982年、この映画のサウンドトラック盤は出ないとわかった時、愕然とした。ヴァンゲリスほどのビッグ・ネームが音楽を担当しながらなぜ?と信じられなかった。
しかし後に、「ヴァンゲリスだからこそ出なかった」という説が濃厚になる。自身のスタジオを持ち、ほぼ全ての楽器を1人で演奏する、完璧主義者として名高い気難しいミュージシャンと、時間も予算も潤沢とは言えず、編集によってコロコロと尺が変わってしまう映画の現場が、そうそう仲良く仕事を続けられたはずがないのだ。
その年の暮れ、渋谷の老舗サントラ専門店で試聴し、予約してまで「ニュー・アメリカン・オーケストラ」によるスコア盤LPを購入したものの、当然ながらそんなもので満足出来るはずもなく、何度か針を落とすたびに惨めな気分になり、仕舞い込んでしまった(現在はもう所有していない)。
そんなところへ、地元の映画館で上映されるとの朗報が(併映はなぜか高倉健と吉永小百合主演の『海峡』だった)。チャンスとばかりにマイクを内臓したラジカセを隠し持って見に行き、客が10人もいない中60分カセットテープ2本に全篇を録音。以降、ビデオレンタル時代に突入するまで、映画の感動を再現する唯一のソフトとして、この雑音混じりのテープが活躍することになる。
■ヴァンゲリス、動く
時は流れて1989年、ヴァンゲリスは『ブレードランナー』に書き下ろした「End
Titles」と「Love Theme」、そして同じくリドリー・スコット作品『誰かに見られてる』でも使用された既成曲「Memories
Of Green」を含む映画音楽集「THEMES」をリリースする。高音質であるばかりか、映画本編よりもはるかに長いヴァージョンで収録された「End
Titles」に、物凄く興奮したのを憶えている。
さらに時は流れ、1994年のある日、上京するたびに立ち寄る輸入CDショップで驚くべきアルバムに出くわし、我が目を疑った。喜びよりも、「なぜ今頃?・・・・」というのが率直な気持ちだった。そして神妙な面持ちでそのアルバムを聴き終えた時、小生は釈然としなかった。
まず、あの印象的な「メイン・タイトル」をはじめ本編で流れていた曲が結構な数漏れ落ちていたこと。とりわけ、クライマックスのデッカードとバティの追跡シーンで聴けたドラマティックなスコアが収録されていないことに納得出来なかったこと。そのくせ、ボツにされたと思しき曲がデカいツラしていること。劇中のセリフを使用した編集の仕方に賛同出来ないこと、などなど、せっかくリリースされたヴァンゲリスによる初のオリジナル・サウンドトラック盤は、喜びとがっかりの比が6:4程度という微妙な代物だったのだ。
■海賊盤
最も出来の良い海賊盤と言われている「Off World」盤が、正規盤がリリースされる前年に出回ったことを知るのは、恥ずかしながら1997年に出版されたポール・M・サモン著「メイキング・オブ・ブレードランナー」によってである。ヴァンゲリスによる初のオフィシャル・サウンドトラック盤は、このOff
World盤に講じた対策だったのではあるまいか。しかしいくら音質が良いとは言え、海賊盤に手を出すことにはやはり抵抗があった。
やがて我が家にもインターネット環境が整い、ネットオークションに高値で出品されていたものを魔が差して購入した時は、もう21世紀になっていた。初公開から20年近くを経て耳にしたOff
World盤は、やはり「それなり」の音質に過ぎず、しかも全劇伴を網羅していたわけではなかった。それでも「ああ、あの当時こんなレコードが出ていたらな」と思わせる内容だったことは確かだ。
■ヴァンゲリス、またまた動く
2007年、25周年を記念してヴァンゲリスは再びオリジナル・サウンドトラック盤をリリースする。94年盤から漏れた曲を全て復活させた完全版に違いない。これでOff
World盤ともおさらばだ。アディオス!・・・・そう期待したが、甘かった。
Disc1は94年盤と同じもの、Disc2は未収録劇伴とボツ曲をメチャメチャに編集した94年盤のようなもの、Disc3は『ブレードランナー』からインスパイアされたイメージアルバムという、ムダに豪華なこのCDセットは、はっきり言って『ブレードランナー』のファンの側に立って制作されたものではない。ファンが望んでいたものとは、劇中で使用されたスコアを本来ヴァンゲリスが録音したフルサイズで、しかもストーリーに沿った順番で収録した、いわゆる「ミュージック・ファイル盤」であったはずだ。
こうして、長年ファンを悩ませた「ヴァンゲリスはなぜサントラ盤を出さなかったのか」という疑問に、公開から25年後、はっきりと答えが出されたことになる。
ヴァンゲリスは映画音楽作曲家であるよりも先に、1人のアーティストであることを重んじる人間である。だから映画のBGMをただ並べただけのアルバムが自分名義でリリースされることにGOサインを出さなかったのだ。この3枚組アルバムそのものが、ヴァンゲリス自身と『ブレードランナー』との距離を雄弁に物語っている。
■「いかなるレプリカントも処分する」
「ついに 『ブレードランナー』 ヴァンゲリス オリジナル・サウンドトラック盤 1994年6月6日」と書かれ、アルヴィンによるお馴染みのイラストを配したイギリス版プロモ・ポスターである。
このアルバムがWarner Music UKからリリースされた理由は、恐らくヴァンゲリスがロンドン在住である(彼のスタジオ「Nemo」もロンドンにある)ことからだろう。アルヴィンのイラストの下には「RETIRES
ANY REPLICANT」(いかなるレプリカントも処分する)と随分強気なコピーがある。ここで言うレプリカントとは、もちろんニュー・アメリカン・オーケストラ盤やOff
World盤のことだ。
その「レプリカント」がその後10年以上も、いやもっと先まで長生きしそうだとは、誰が知ろう。
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