2008. Silkscreen print for ALAMO DRAFTHOUSE CINEMA.
Art by Tyler Stout. 24X36inch. Rolled.

■Memories Of Green

 『ブレードランナー』へのトリビュートと思しきイラストをネット上でよく見かけるが、そのほとんどが見るに堪えないものだ。大したデッサン力も構成力も持たない素人が、思い入れのみに突き動かされて描いたと思しきイラストは、見ているこちらが恥ずかしくなるものばかりである。そんなものをebayに出品しているアホまでいるからお目出度い。

 ここに紹介するポスターは、まず、素人が描いたものではない。そして、3日間だけとは言え、「ALAMO DRAFTHOUSE CINEMA」なるれっきとした映画館での興行のために作られたものである。当コレクションに加えるためには、興行のための宣伝物でなければならない。自主上映ではあるが、この素晴らしいポスターがあくまでも興行用に制作されたもので良かった、と心底思う。これを描いたのはワシントン州在住の若きイラストレイター、タイラー・スタウト、31歳。僕はこのポスターに一目惚れしてしまった。

 コンサート・ポスターなども手がけるスタウトの作品世界には、懐かしさが漂う。そのタッチや構成力が、60〜70年代の商業イラストやサイケデリック・アートを思わせるからだろう。キャラクターは恐らく写真をトレースしたのだと思われるが、大胆に引かれた太い線によってありきたりの写実性を回避し、不思議なボーダーレス感を醸し出している。

 そのボーダーレス感から、冗談やパロディのようにも見えるのだが、そう思わせるよりも先に、まずは構成力と緻密さに圧倒される。『ブレードランナー』のファンであれば、どのスティルから起こしたものであるか即座に判るキャラクターたちを、こんなにも多く並べてくれただけで嬉しい(ここまでやってくれるならブライアントも描き入れて欲しかった気もするが、男のキャラはもう要らないか)。そしてそれらを配置するバランスが見事だ。特にプリスを真ん中に持って来たところは偉い。

 隙間を埋めるように散りばめられたネタの数々。折り紙のユニコーン、信号機、「PAN-AM」「OFF WORLD」「VID PHON」「NEXUS 6」などのマークや、日本語のネオン、J・F・セバスチャンの同居人たち、ブラッドベリ・アパートのエントランスにあったマネキン、スピナーが3台、「ブレード ラーナー」というカタカナ、などなど。デッカードの手に握られたブラスターも、アルヴィン画と違ってしっかりと描かれている。タイトルの下はストリートの雑踏で埋め尽くされているのだが、そのタッチはスタウトがリスペクトするコミック・アーティスト、メビウスを彷彿とさせるものだ。そしてタイトルのすぐ上、このポスターのほぼ中央には、映画冒頭に登場する巨大な眼(瞳に映る炎もちゃんと描き込まれている)が置かれている。

 ここには『ブレードランナー』の全ポスター中、最も多くの情報が詰め込まれている。これほどまでに詰め込むのに必要とされるのが、並外れた描写力であるのは勿論だが、このポスターがテクニックを超えたところで輝いているのは、これがタイラー・スタウトという男による「ブレードランナー論」になっているからだ。中央に描かれた瞳が、何よりもそれを物語っている。スタウトのイラストにはオマージュやリスペクトを超えた冷徹な目がある。

 このポスターは、作品を宣伝するのではなく、「分析」してみせた、『ブレードランナー』最初のポスターである。

 ネットで検索してみると、テキサス州オースティンにあるALAMO DRAFTHOUSE CINEMAは、独立系映画館ならではのマニアックなプログラムや映画関係のお祭りで人気を集めている、映画ファンにとって夢の場所のようだ。今回上映されたのはもちろん「ファイナル・カット」。

 シルクスクリーンによる5色印刷のこのポスターは、限定250枚のうちの248番。緑や青の色使いがクールで、繊細な印刷がうっとりするほど美しい。赤を基調とした別ヴァージョンもあり、そちらはもっとレア。
 僕はすっかりタイラー・スタウトのイラストのファンになってしまった。だが遅し。スタウトがデザインした映画ポスターはどれも大人気らしく、オフィシャルサイトでは既にSold Out。オークションでは常に高値を付けている。スタウトの今後の活躍がとても楽しみだ。