THE LORD OF THE RINGS
: THE FELLOWSHIP OF THE RING
『ロード・オブ・ザ・リング』(2001年)

2001. British Quad. 30X40inch. Double-sided. Rolled.

■1人のオタクが全てを変える

 「壮大なスケールで描く」・・・・かつて、そんな謳い文句を掲げる大作映画が無数に現れては消えて行った。アイデアは壮大だが予算が少なくて惜しくも矮小化した作品。豪華スターばかり並べただけで肝心のドラマ作りがお粗末に成り下がった作品。世界中でロケを敢行しながらも最後は殴り合いで終わるような作品などなど・・・・映画史に数ある「壮大なスケール」の作品群は、そのほとんどが予算のせいで失敗したものではなく、作り手のイマジネーションの貧困ゆえにスケール感を失したものだ。

 『指輪物語』・・・・オックスフォード大学の言語学者によって半世紀前に書かれた「ファンタジー界の‘聖書’」を映像化しようとする試みは今まで何度となくあっただろう。1978年にはラルフ・バクシによってアニメ化されたが、当初2部作を想定していたものの大コケしたために未完である。『スター・ウォーズ』旧3部作は直接的、間接的にも『指輪』からの影響が濃厚であることは明白だ。
 小人や怪物や何万という軍勢が跋扈する世界をアニメではなく実写で映像化することが到底ムリであったことは主にテクノロジーの未熟によるものであったが、もっとも重要な問題はその「長尺」にあった。どうあがこうとも1本の映画に収まるようなストーリーではない。いや、映画に出来ないほど長尺であるからこそ、世界中で読み継がれてきた小説であると言える。
 そして、映画におけるコンピューター技術がやっとのことで成熟・定着した20世紀の終わり、満を持してこの物語を映像化しようとする者たちが現れた。血まみれホラー『ブレインデッド』で1993年アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞したニュージーランドの映画監督ピーター・ジャクソンと、革命的アンハッピー・エンディング映画『セブン』にGOサインを出した製作会社「ニューラインシネマ」である。

 ギャラばかり喰う大スターをはべらせるのではなく、舞台出身のイギリス人俳優や今まで脇役の多かった俳優をキャスティングすることで、製作費のほとんどを画作りに費やすことが出来るどころか、作品全体に新鮮な空気を送り込める。ロケーション撮影もアメリカ大陸ではなく、手垢のついていない南半球で行なえば今まで見たことも無いような美しい自然を背景にドラマ作りが出来る。そういう発想はハリウッドのメジャー・スタジオにもビバリー・ヒルズに住む巨匠監督にも無かった。だが、そんな発想の転換よりも何よりも、ピーター・ジャクソンには並みの監督が持っていないものがあった。それは、トールキンが書いた物語への深い理解と愛情、そしてそれを映像へと変換するための想像力である。
 辺境で穏やかに暮らしていた小さき者が、数奇な流転を経て自分の手元に来た魔法の指輪をはるか遠くまで捨てに行く。3部作トータルで10時間を超えるこの物語には、「生と死」「勇気」「犠牲」「誇り」「師と弟子」「父と子」「友情」「成長」といった、それまで映画が描こうとして来たあらゆるテーマへの探求が詰まっている。
 かつて映画監督サミュエル・フラーはゴダール作品『気狂いピエロ』の中でこう言った。「映画とは‘戦場’のようなものだ。‘愛’、‘憎しみ’、‘アクション’、‘暴力’、そして‘死’。ひとことで言えば‘感動’だ」と。

 驚嘆すべきSFXと雄大なニュージーランドの自然が融合して作り出す一大戦争絵巻は、その後数々の亜流(ファンタジーも歴史劇もこぞってこの映画のルックを真似た)を生んだがそれらを足元にさえ寄せ付けなかったし、これから先もこれを超える映画を作ることは極めて困難であろう。恐らくピーター・ジャクソン本人にとっさえても。それほどの素材を映画にしてしまったのだから。
 かつて誰も見たことの無かった画期的なヴィジョン。人間のイマジネーションの限界点に挑み、勝ち取った本物の壮大なスケール。繰り返すが、これを成し遂げたのは古くからのハリウッド・メジャーでも巨匠監督でもない。ニュージーランドでバカ映画やホラー映画や電波系映画を作っていたオタク監督とその仲間たちなのである。
 21世紀最初の3年間、2001年『旅の仲間』、2002年『二つの塔』、2003年『王の帰還』で映画の歴史は塗り変えられた。
 我々は「革命」に立ち会ったのだ。

 数ある『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのポスターの中から1枚だけ選べ、と言われたら何の迷いも無くこのポスターを選ぶ。タイトルはどこにも無く、「ONE RING TO RULE THEM ALL」「THE TRILOGY BEGINS DECEMBER 2001」とだけ書かれたアドヴァンス版(前宣伝用)ポスター。最初に作られたものであること。US版に比してフロドの両脇の描き込みが若干多いこと。そして何よりも、これがトールキンの国で作られたポスターであることが重要だ。

 ・・・・・とかなんとか言ってますが、実はトールキンの原作は読んでませんのでね。えへへへ。