PTA'CI/PSYCHO(THE BIRDS/PSYCHO)
『鳥』(1963年)/『サイコ』(1960年)

1970. Czech (1st Release). Double Bill Poster. 23X33inch. Rolled.



■鳥よりも怖いもの

 昔からヒッチコックの映画はたびたびテレビで放映されていた。映画を見始めた小学生時代、ヒッチコックが作った大人向けサスペンスにはあまり興味を示さなかったが、『鳥』だけは別だった。当時『ジョーズ』から火がついた「動物パニックもの」ブームをうけて、「その原点はこれだ!」とばかりにテレビ放映されたのを見た記憶がある。
 物語は単純明快、サスペンスの盛り上げも子供にわかり易かった。「なぜ急に鳥が人間を襲い始めたのか?」に関する説明も無く、主人公たちが車で逃げ出すだけで何も解決しないラストだったが、単純にこの恐怖映画を楽しんだはずだ。だが、この映画で鳥たちと同じくらい怖かった、いや今でも怖いものがある。

 それは主人公ミッチ(ロッド・テイラー)の母親を演じたジェシカ・タンディである。
 息子の恋人になるメラニー(ティッピ・ヘドレン。当時すでに5歳のメラニー・グリフィスの母だった)を初めて紹介されるシーンで見せるジェシカ・タンディの表情が強烈だ。息子を奪いに来た若く美しい女への嫉妬に加え、よそ者への警戒心はもちろん、黒人でも見るかのような蔑みさえ感じさせる目。怖い。眉間に寄せたシワと相まってますます怖い。この母親とメラニーの心理的確執が、『鳥』という映画に漂う不安感のベースになっている。

■マザコン

 「母親に支配された息子」と言えば、何と言っても『鳥』の前作『サイコ』である。狂気のマザコン男=ノーマン・ベイツの趣味は鳥の剥製作り。「なぜ鳥が人を襲うようになったのか」という、『鳥』で決して解明されない疑問に対する唯一の答えは、「前作でのヒドイ仕打ちへの鳥たちの復讐」である。
 なんぞとヒッチコックが考えたかどうかはわからないが、「マザコン」「鳥」というモチーフでこの2作品は強く結ばれている気がしてならない。ついでに言えば、『サイコ』の前作『北北西に進路をとれ』での主人公(ケーリー・グラント)もイイ歳して小うるさい母親の尻に敷かれているような男である。『北北西に進路をとれ』『サイコ』『鳥』を「マザコン3部作」と命名したい。

■SFXの実験場

 メイキング・ドキュメンタリーに詳しく解説されているのだが、『鳥』は、ディズニープロが持っていた当時最先端の合成技術「ナトリウム・プロセス」(合成に付き物の不自然な輪郭を出さない)を使って鳥たちを合成し、さらに「ロトスコープ」で羽の部分に筆を入れるというアニメーション技術まで用いたばかりか、背景にことごとくスーパーリアルな「マット画」を合成して画作りを行なうなど、SFXの実験場のような作品であった。
 鳥たちの襲撃で炎上しパニックになった港町をはるか高所から俯瞰し(鳥の主観視点とも言うべき異様さである)、それを眺めるカモメたちがフレームインしてくる驚異のショットは、それら最新SFXの賜物であり、この作品の白眉とも言える場面である。
 ヒッチコックが現代に生きていたら、コンピュータ・グラフィックをフル活用したに違いない。と言うか、それを今実践しているのがスピルバーグやデ・パルマなわけだが。

■ヒッチコックがいっぱい

 この2本立てポスターをデザインしたのは、チェコ版『サイコ』と同じZdenek Ziegler(1932年生まれ)である。もともと建築を学んでいたZieglerは、60年代からデザイナーとしての手腕を発揮、80年代末までに200枚以上ものポスターをデザインし、その後はプラハ芸術アカデミーの教授としても活躍した。
 悲鳴を上げるティッピ・ヘドレンとヒッチコックのポートレイトを反復的に配置し、猟奇的なイメージ群と雑多に組み合わせて展開する、「ヒッチコック宇宙」とでも言うべきグラフィック。鳥だけでは飽き足らず、凶悪な顔のコウモリ、さらにコウモリに人間の腕(筋肉組織ムキ出しの)を生やした怪物まで創造してZieglerが表現したかった『鳥』という映画のイメージとは、どんなものだったのだろうか。