CRASH
『クラッシュ』(1996年)


1996. Canadian Advance. 27X40inch.
Double-sided. Rolled.


1996. Canadian Regular. 27X40inch.
Double-sided. Rolled.

■成人映画

 失敗作『Mバタフライ』(とは言っても彼のフィルモグラフィにおいて無くてもよかった作品など無い)の後、クローネンバーグはJ・G・バラードの禁断の小説『クラッシュ』の映画化に着手する。
 バロウズ同様バラードもまた当初からクローネンバーグ映画に影を落としていた作家であり、この作品もまた映像化困難と思われていた。しかしここでもまた原作者からの絶賛を浴びてしまうのだ。

 日本では97年初頭に’成人映画’として公開。フツーの映画館に18歳未満お断り映画が来ると聞いて物見遊山な客が集まったようだが、当然ながらドン引きだった。
 文字だけで話題性を煽ったように見える本国カナダ版アドヴァンス(左)。しかしよく見ると実はタイヤのスリップ痕が2本薄く付いてる。

■クローム文字

 右はカナダ版レギュラー・ポスター。主演のジェームズ・スペーダーとホリー・ハンターによるカー・セックス場面をフィーチャー。フランス・ドイツ版などもほぼ同じデザインである。
 「自動車事故で性的興奮・快感を得る」という恐るべきテーマゆえ、ポスター・ヴィジュアルの選定にも余程苦労したのであろう。これなどはまあ無難な選択だと思う。写真よりもむしろ素晴らしいのはタイトル・ロゴのデザイン。オープニング・クレジットでも使われた、潰れたりひしゃげたりしたクローム文字が、この映画の内容は勿論ヒンヤリしたムードも良く表わしている。

 ロンドンの「THE CINEMA STORE」にクローネンバーグのサインの入ったこのポスターが飾ってあるのを見たことがある。値段を尋ねたら非売品だと言われた。くそ。



1997. US 1 Advance.
27X41inch. Rolled.


1997. US 1 Sheet.
27X41inch. Rolled.

■正常なセックスの不毛

 左は登場人物達5人をフィーチャーしたヴァージョン。タイトルよりも批評の見出しであろう「sex and car crashes」の方を大きくして作品の内容を明示している。スキャンダラス、そしてモラリティへの挑戦と取られがちなこの作品への出演は俳優達のキャリアを揺るがし兼ねないものだったはずだが、実際はかなり魅力的な体験だったようだ。

 ホリー・ハンター、ロザンナ・アークェット、デボラ・カーラ・アンガーの3人の女優たちが素晴らしい。中でも無名に近かったデボラ(またデボラだ!)の存在感が光る。開巻早々彼女の不思議な容貌はこの作品のトーンをコントロールし始める。ムダな熱気を一切排した彼女の佇まいは、「正常なセックスの不毛」を演技ではなく画として見せてくれる。この作品の主役は彼女であろう。
それにしても クローネンバーグ作品に登場する女性達は皆、男を誘惑し狂わせ破滅させる存在である。

■ハッピー・エンド

 常連ハワード・ショアによるスコア、今回は意外にもオーケストレーションではない。イントロで鳴り響くのは、大胆にもディストーションの効いたエレクトリック・ギター。メタリックでソリッドでシャープな音色が内耳をヒヤリとさせる。画面奥から手前へと迫って来るクレジットは、皆どこかしら押し潰されているクローム文字だ。このオープニングだけで、まずクローネンバーグの方向性の確かさがわかる。

 劇中デモーニッシュな魅力を振り撒くイライアス・コーティアスが演じるヴォーン。原作通りの彼のセリフ、「自動車事故は破壊的ではなく生産的な出来事だ」や「最新テクノロジーによる肉体の再生」は預言だ。後者はまんまクローネンバーグ哲学でもある。作品テーマの核心を、映像で表現するだけではなく、登場人物に喋らせてしまうことがクローネンバーグ作品には珍しくない。そのどれもが名ゼリフであり、未来のアフォリズムだ。
 『裸のランチ』同様、この作品でもクローネンバーグはSFXに頼ることなく、あくまでもドラマとしてセクシュアリティの極北を映像化することに専念している。何よりも、スロー・モーションによって衝突の瞬間のエクスタシーを描こうとすることの凡庸を避けたのは賢明過ぎる。
 彼の最大の持ち味であるフェティシズムも全開だ。拷問器具にしか見えないメタル・フレームのギプスや事故車の亀裂を舐めるように撮ったり、カブリオレの屋根がセットされるプロセスを1カットで見せたり、R・アークェットの大腿部にある裂傷痕が女陰そっくりだったり・・・・特に事故車を解体するシーンは外科手術を思わせて「金属の痛み(=肉体性)」を表現することに成功している。
 そしてJ・G・バラードの原作が詩情豊かに謳い上げる「金属と肉体とオイルと体液の融合」を一枚の画としてラストに提示し、この映画がラブ・ストーリーであったことを確認させる。しかも一見悲劇的なこのラストはクローネンバーグ自身も言っている通り「ハッピー・エンド」である。

 クローネンバーグがデビュー時より実践して来た、映像における文学性と文学の持つ映像性、その実験と冒険の成果がここにある。



US Video AD. 27X40 inch. Rolled.

このポスターのポイントは、周囲に配置された割れた窓ガラス。
それと、主演2人のクレジットにも潰れたクローム文字を使用したことである。
ついでにクローネンバーグの名前もこれにすれば良かったのに。