GATTACA
『ガタカ』(1997年)

1997. US 1 Sheet. 27X40inch. Double-sided. Rolled.


■美しい未来

 遺伝子工学が発達し、受精卵の段階で遺伝子操作を施して完璧な胎児を作り上げることが当たり前となった未来。劣性因子を持ったまま自然に生まれたおかげで「不適正者」のレッテルを貼られた負け犬が、エリート街道から外れてしまった「元適正者」と取り引き。彼にに成りすまして「適正者」として大企業への就職に成功。偽りのエリート・コースをヒヤヒヤしながら渡り、恋人まで手に入れ、最終的には子供の頃からの夢だった宇宙へと旅立つ。

 後に『トゥルーマン・ショー』の脚本家として注目されることになるアンドリュー・ニコルの脚本家&監督デビュー作である『ガタカ』は、非凡な才能が結集し、独特の美学で全篇を染め上げた、SF映画の名編である。
 登場人物はみな40〜50年代風のスーツに身を包み、建物や車はレトロにデザインされていながらシンプルな機能美を持ち合わせている、という未来絵図がなんともクール。80年代以降の未来SFを呪縛し続けているリドリー・スコット的意匠はここには皆無だ。むしろ『2001年宇宙の旅』でキューブリックが構築したような、無菌で、無臭で、汗をかかない、ハイパー・クリーンなムードと常に一定に保たれた温度が全てのシーンをコントロールし、ジョージ・ルーカスの『THX1138』のような高度管理社会モノに特有の閉塞感と、画面全体にかかるオレンジのフィルターが作り出す人工的な「マジック・アワー」のおかげで、「文明の黄昏」的な世界観(遺伝子操作自体が自然の摂理への挑戦である)がこの映画のトーンを決定している。
 村上龍の小説『五分後の世界』にも似た、狂っていながら、とてつもなく美しい未来がここにある。

■美しい男

 屈折した感情と上昇志向を顔に貼り付けたようなイーサン・ホークが「不適正者」の主人公ヴィンセントを演じるという完璧すぎるキャスティング。恋人アイリーンを演じるのはこの作品を機に彼の妻となるユマ・サーマン。彼女の容貌は全キャスト中最も「未来的」だ。
 そして、水泳選手としての将来を約束された「適正者」であったはずが、事故で下半身麻痺となり、金のために血液・体毛・尿、つまり「適正者」の資格をヴィンセントに売ることになる、というもう1人の負け犬ジェローム。彼を演じるのが、まだブレイク前だったジュード・ロウである。端正な顔立ちとニヒルな物腰は、「車椅子」に「咥えタバコ」で「流し目」というファーストシーンからして眩惑的で、ヴィンセントに夢を託して自分を消し去るラストに至るまで、まるで少女マンガのキャラクターのように輝き続け、主演の2人を食わんばかりの存在感を見せ付ける。
 ジュード・ロウはその後、偉大なるヘンタイ=クローネンバーグの『イグジステンズ』を経て、『太陽がいっぱい』のリメイク作品『リプリー』で、再び「負け犬に成り代わられる男」を演じることになる。

■美しい音楽

 ある日社内で殺人事件が発生、「不適正者」であることがいつ会社にバレるか、果たして自分は宇宙に行けるのか、というヴィンセントの不安が生むサスペンスがこの物語を牽引する。潜入モノの王道と言えるこの手のスリルが求心力となってドラマが展開されるものの、しかし一方でヴィンセントとアイリーンのロマンティックな場面の数々が何度も何度も陶酔へと誘う。
 アイリーンに伴われたヴィンセントが、無数のソーラー・パネルが立ち並ぶ広大なフィールドを歩くシークェンスでは、SF映画ならではの(このソーラーは実在するものだが)人工的な美しさが画面を圧倒し、打ち寄せる波が窓外に広がる海辺の家で抱き合う2人は、『地上より永遠に』の名場面をダイレクトに連想させる。
 それらを彩るのがマイケル・ナイマンによるスコアだ。彼の音楽が持つリリシズムはこの映画の核とも言える「静かなエモーション」を引き出し、前述の2シーンで聴ける旋律が再び繰り返されるエンドロールでは、このあまりにもせつないサクセス・ストーリーを気高く締めくくり、強烈な余韻を残すことになる。マイケル・ナイマンの音楽無くして『ガタカ』の成功は有り得なかった。
 ちなみにピーター・グリーナウェイ作品を毛嫌いしている小生は、長年ナイマンの音楽も好きになれなかったが、パトリス・ルコント作品『髪結いの亭主』と、この『ガタカ』だけは別である。

■美しいタイトル・バック、そして美しいポスター

 カイル・クーパー率いる「Imaginary Forces」によってデザインされたメイン・タイトルが秀逸だ。
 巨大な白い物体や黒い棒が次々とスローモーションで落下しバウンドする。DNAを構成する4つの化学物質の頭文字「G」「T」「C」「A」のうちどれかが浮かび上がり、そこへ他のアルファベットが加わって人名を形作る・・・・つまり「ETHAN HAWKE」なら、まず「T」と2つの「A」が離れて浮かび上がり、その脇に後から「E H N」と「H WKE」がロゴを変えて現れる、といった具合だ。
 クレジットにうっとりするうちに、背景に落下して来る白と黒のオブジェが実はヴィンセントが切り落としている「爪」と「体毛」の超拡大映像だと判明する。雪のように降って来るのは削られた皮膚だ。それは彼が毎朝出社前の習慣としている、「適正者」に生まれ変わるための哀しい儀式なのだ。
 このスーパー・クールなタイトル・バックのみならず、3種類のUS版ポスター、さらにCDジャケットまでもが全てImaginary Forcesの仕事である。いずれもレイアウトが素晴らしく、印刷も美しいが、本編のメイン・タイトルと同様に「G」「T」「C」「A」の4文字のフォントが全て変えられているクレジット部分にデザイナー魂を感じる。これほど徹底したデザイン展開を持つ作品も珍しい。
 公開から入手まで10年近く経ってしまったが(見直すたびにハマって行ったので)、このポスターの美しさは実物を見るまでわからなかった。