HANNIBAL
『ハンニバル』(2001年)

2001. British Quad. 30X40inch. Double-sided. Rolled.



前作に比べてホラー風味が増したとは言え、ここまでオドロオドロしいデザインにする必要があったのだろうか。
これではまるでフランケンシュタインだ。子供が夜こんなの見たらオシッコ漏らしちゃうだろう。
 このなんともまあ恐ろしいデザインを採用したのはイギリスのみである。
ロンドン市内の2〜3館の劇場だけで使用され、残りは「怖すぎるから」という理由で
自粛・回収の憂き目にあったいわくつきの超レアアイテム。冗談みたいな話だが。

■2001年2月 ロンドン

 2001年の2月に9日間ほどロンドンに滞在したことがある。
 東京と比べてかなり寒くどんよりと曇ってばかりの2月のロンドン。1988年、1999年に続いてこの街に来るのはこれで3度目だったが、真冬は初めてだった。有名なデパート「ハロッズ」を有するエリア、ナイツブリッジに宿をとり、オックスフォード・ストリートやカムデン・マーケットで買物をしたり、美術館を巡ったり、ハイドパークを散歩したり、日に2度もパブに入ったり、ライブハウスで夜遊びしたりして、我々夫婦は毎日バカみたいに楽しく過ごした。そんなロンドン滞在最後の晩、レスター・スクエアにある「エンパイア」という1300人も収容出来る大劇場へ『ハンニバル』を見に行った。一般公開前の先行上映だった。

 思い返せば、前回1999年の6月にロンドンを訪れた際、市内の書店はどこも刊行されたばかりのトマス・ハリスによる原作のハードカバー本を平積みしていたものだった。その後、待ちに待って翻訳された『羊たちの沈黙』の続編小説を読んだものの、大き過ぎた期待のせいもあってかなりの不満と失望を強いられた。
 その上、映画化に際しては、監督がジョナサン・デミではなく90年代以降は凡作ばかり量産しているリドリー・スコット、クラリス・スターリング役はジョディ・フォスターではなく何故かジュリアン・ムーアへと変更され、サイコスリラーの名作のパート2への期待はますますしぼんでいった。だからロンドンでの先行上映にも「最後の晩を飾るイベント」程度のつもりで足を運んだのだった。

 エンパイアはスクリーンが大きく音響設備の怖ろしく良い劇場だった。客はかなりの入りで、レイ・リオッタが己の脳ミソを料理されるシーンでは場内がどよめいたのを憶えている。期待せずに余裕をもって鑑賞したのと、「東京よりも一足早く見れた」という満足感から、見終わって悪い気分ではなかった。劇中のオペラで演奏された楽曲がエンドロールで再び流れ、その印象的な旋律を耳に残しながら凍てつく夜をホテルへの帰途に着いた。

 途中、花束を抱えた男性がやたらと目に付く。そうか、今日はバレンタインデーであった。
 イギリスではチョコレートなどではなく花を贈るのだ。ここはひとつ我輩も、と女房に赤いチューリップの花束を買う。いや、正直に言うと実は買ってくれとせがまれたからなのだが。
 ところが案の定ホテルの部屋に戻ると花瓶が無い。一計を案じた我輩は近所のパブに行きギネスを1パイント注文、それを飲み干すとバーテンの女性に「このグラスをお土産にしたいので売ってくれ」と持ちかける。するとカウンターの男性客が横から「そういう時は盗むんだよ」と入れ知恵。それを聞いたバーテンの女性も「そのとおりよ!」などと他人事のようにのたまい、3人で「ワハハハ!」・・・・そうか、ここは「泥棒の国」だった。

 そんな風に更けていったロンドン最後の晩。美しい思い出はつまらない映画も傑作に変える。
 結局『ハンニバル』は我輩にとって忘れ得ぬ作品になってしまった。