教授夫妻の別荘があるというサヴォア(サヴォワ)はフランス・イタリア国境にある山岳地帯の県。この映画の舞台設定から4年後にはファシスト政権に占領される。
パリからサヴォアまでは600km以上あるので、暗殺の現場はサヴォアのかなり手前だと思われる。実際の撮影はピエモンテ州の山中で敢行された。
木々の間から湧いて出た別動隊の暗殺者たちが、教授を寄ってたかってメッタ刺しにするという、なんとも凄惨な現場。革命戦士としての共闘意識で結ばれていたはずのゴダールに切り捨てられたベルトルッチの恨みが暴発したかのようだ。
木々の間を満たす霧が光線を受けてヴェルヴェットへと変わる。ジャン=ピエール・メルヴィル作品に酷似したノワールな一枚。
暗殺の場面は原作には描かれていない。マルチェッロは後日新聞で教授夫妻の死を知る。夫人は教授を守ろうと盾になって射殺された。
教授暗殺に手を染めず、目撃者であり助けを求めるアンナを救いも抹殺も出来ない卑怯なマルチェッロ。ヴェンティミリアで渡された拳銃は使わずじまいに終わった。
『暗殺のオペラ』でルネ・マグリットの絵画「光の帝国」(1953)を参考に黄昏時を演出したベルトルッチは、今回もマグリットを引用する。森の木々は「白紙委任状」(1965)を、銃弾を浴びて血に染まったドミニク・サンダの顔は「記憶」(1948)を強く連想させる。
映画は一気に1943年7月25日の夜へとジャンプする。ムッソリーニ政権崩壊の日、疲れ切って呆然となったジュリア。マルチェッロも移り住み子供にも恵まれたが、ジュリアの家にはもう映画前半で見た豊かさはない。むしろ、フォトフレームに収まった彼女の母親が醸し出す死の匂い。
ステファニア・サンドレッリはこの後『Le Voyage De Noces』(1976、日本未公開)で再びジャン=ルイ・トランティニャンと共演している。この作品の監督はジャン=ルイの妻、ナディーヌ・トランティニャンで、この年に離婚。
トランティニャンはナディーヌとの間に出来た次女ポーリーヌを『暗殺の森』撮影中に失っている。その悲痛と憂鬱が完成したフィルムから滲み出すのは必然だった。
そしてさらに不幸なことに、女優になった長女のマリーは2003年に交際相手からの暴行が原因で死去している。
マルチェッロはサンタンジェロ橋で同志イタロと密会するが、彼らの脇を通り過ぎるのはゴロゴロとムッソリーニの銅像の頭部を引きずるサイドカー。このショットは本編にはない。
原作では家族と逃亡中戦闘機に掃射されて死ぬマルチェッロの運命を、ベルトルッチはむしろ残酷に書き替える。少年時代のトラウマの元凶であるリーノと偶然再会させ、順応主義者としてのアイデンティティを打ち砕くのだ。殺人者としての罪悪感からは解放されても、男色者として罪の意識からは逃れられない。何かが壊れ石段に座り込むマルチェッロの脇で蓄音機を回す裸の美青年。スクリーン越しにこちらへ視線を投げるマルチェッロの前には鉄格子。彼らは既にセックスを済ませた後である可能性をベルトルッチは否定していない。