THE CITY OF LOST CHILDREN
『ロスト・チルドレン』(1995年)

1995. US 1 Sheet. 27X40inch. Rolled.

■「幸せになる」?

 超満員の渋谷シネマライズで『アメリ』を見た時のことが忘れられない。

 メディアがあの映画をどのように取り上げ、配給側がどうPRしていたのかある程度は知っていたが、まさかあれほどまでに「見て幸福になりたい」「癒されたい」観客ばかりだとは思わなかった。あのたたみ掛けるようなギャグの応酬や、「ストーカー」「覗き魔」「不法侵入」「テロリスト」とすら言えるアメリの犯罪的行動と電波的思考を、ゲタゲタと笑い飛ばし、クックックッとお腹をよじって見ているのは我々夫婦ばかり。みんなシーンと固唾を呑んで見守っている。いや、ウットリしてるのか?ウルウルしたりもしてるかも。なんでなんで?みんなぁ!これ、コメディだってばぁ!ここ笑うとこですよっ、お客さん!何度も立ち上がってそう叫びたかったのだが、ついに隣の席の男性から睨まれる始末。みんな『デリカテッセン』も『ロスト・チルドレン』も『エイリアン4』も見てないんだな・・・・ジャン=ピエール・ジュネって悪趣味でヘンタイでロリコンでオタクなんだぜぃっ!お前らーっ!あんなヤツの映画で幸福になったり癒されたりしてんじゃねーよっ!

■これぞ幸せ

 純な怪力男と彼に恋する9歳の少女のめくるめく冒険を描く『ロスト・チルドレン』は、ジャン=ピエール・ジュネの最高傑作である。
 迷路のように入り組んだ鋼鉄の港町。チビッ子のギャングたち、シャム双生児の元締め、機械の眼を持つ誘拐団、阿片中毒の蚤(ノミ)使い、小人の婆さん、6人の同じ顔の男たち、培養液に浸された喋る脳髄、ゴテゴテの装置を頭にかぶった老人・・・・・『海底2万マイル』と『フランケンシュタインの怪物』と『ブリキの太鼓』と『ターミネーター』と『AKIRA』と『おそ松くん』をごちゃまぜにしたような、SFともファンタジーともホラーともつかない物語に、クラシカルでモダーンでフューチュアリスティックな映像・図像が万華鏡のように渦巻いている。
 伝統ある「BD(バンドデシネ)」よりもむしろ日本のコミックやアニメからの影響と思しき要素が目に付くのが面白い。機械にスッポリと包まれた子供の人体のイメージは『AKIRA』、しかも小人のババアの膨らんだ髪型はモロに「ミヤコ様」。培養液の中の脳ミソとクローンが交わす「誰がオリジナルか?」という会話、しかもクローンたちが身に纏うフード付きの上着は、『ルパン三世 ルパンVS複製人間』を嫌でも思い起こさせる。

 『セブン』の撮影監督ダリウス・コンディが陰影に富んだ絵画のごとき映像を紡ぎ、後に『ヴィドック』を撮るピトフが独創的なSFXを可能にし(コンピューター・グラフィックによるノミは今見ても驚異的だ)、デイヴィッド・リンチ組のアンジェロ・バダラメンティによる音楽がノスタルジーを注入する。胃もたれしそうなほどこってりと濃厚な味わい。
 偏愛と純愛、恐怖と笑い、エロティシズムと悪趣味、リリシズムとアイロニーがせめぎ合うジュネのイズムは(もちろん盟友マルク・キャロの才能抜きでは有り得ない)、次回作『エイリアン4』で、シリーズ中唯一のコメディ作品、そしてアイドル映画としての「エイリアン」を作り上げることになる。

 ボートで機雷源を抜けて要塞へと向うロン・パールマン(トム・ウェイツ似)とジュディット・ヴィッテ嬢(真正ロリータ)という、ゴシック・ロマンの香り漂う場面を使用したポスター。各国版どれもこの写真を採用しているが、レンガ塀に貼られた「ポスター内ポスター」のスタイルを採ったのはUS版だけ。右上はどうせならロン・パールマンではなく、ジュネ組の常連俳優でこの作品でも重要な役どころのドミニク・ピノンを配して欲しかった。
 上部にはテリー・ギリアムからの推薦文が「1995年、1996年で最も驚異的なヴィジュアル、恐らく1982年でも」とある。ここで限定している「1982年」とは、『ブレードランナー』の公開年を意味しているはずだ。このギリアムによる「あてつけ」は『ブレードランナー』に抱いていたコンプレックスを証明するものと推測する。