MEMORIES OF MURDER
『殺人の追憶』(2003年)


2004. British Quad. 30X40inch. Rolled.

 一見して猟奇殺人モノと判るこのポスターだが、とにかくまあソン・ガンホの面構えに尽きる。これを中央にドーンと持って来たイギリス人デザイナーは偉い!この「顔力」はイギリス人の心を捉えることが出来たのだろうか。

■ソウル五輪のたった2年前

 ソウル・オリンピックに向けて近代化が始まり、民主化運動の熱にうかされていた1986年の韓国。まるで日本の昭和30年代のごときノスタルジーを湛えたソウル近郊の農村「華城」を舞台に、悪夢のような連続強姦殺人事件が始まる。死に物狂いで犯人を捜査する刑事たちと彼らをあざ笑うかのように重なる猟奇的な犯行。実際に起きたこの「華城事件」は、結局迷宮入り事件として韓国犯罪史に刻まれた。
 そんな華城事件をモデルに、プロファイリングも一般的ではなかった時代、なおかつ軍事政権という特殊な環境の下、かつてない凶悪な犯人を求めて奔走し、翻弄され、苦悩し、怒り、そして挫折する男たちの姿を限りなく熱く描いた『殺人の追憶』は、ハリウッド製の生ぬるい刑事物やアイデア勝負のみのシリアル・キラー物に鉄槌を下す真の傑作である。

■素晴らしいツカミ

 『セブン』の第1犯行現場とは正反対に位置するような、明るく風通しの良いのどかな死体発見現場。
 途中でエンコした車を乗り捨てのんびりと耕運機に揺られて到着する刑事。
 犠牲者が着けていた下着を手に現場で遊びまわる子供たち。
 農業用水路に横たわる女性死体には無数の蟻が這い回っている。
 そして、刈り入れを待つ稲田の上をそよぐ秋風。
 岩代太郎によるセンチメンタルなテーマ曲に合わせて青空に現れるタイトル文字。「秋の収穫」と「死体」というアンビバレントな要素を同居させ、暴力的なまでに叙情的な音楽で包むという、今までのサイコ・スリラーやシリアル・キラー物にはあり得なかった類のオープニングに完全に掴まれた。
 そしてまた、これからの2時間映画を引っ張り続ける顔にも、である。主人公の刑事を演じるソン・ガンホ・・・・彼の「顔力」無くして『殺人の追憶』という作品は成立しなかったと言い切れる。

■「顔力」の映画

 この映画は登場人物のパーソナリティや役割はおろか、次の場面への推進力さえも役者たちの顔に担わせている。刑事も犠牲者も容疑者も、全員がどの場面でも並々ならぬ「顔力」を発揮しているのである。
 その筆頭はもちろん韓国映画界屈指の主張の強い顔=ソン・ガンホである。
 大ヒット作『シュリ』で主人公ハン・ソッキュの同僚刑事を演じ、ソッキュとは真逆の暑苦しい顔で強烈な印象を残したソン・ガンホ(そう言えば『シュリ』で北朝鮮の工作員のリーダーを演じていたのはもう1人の顔力男優=チェ・ミンシクであった)。これまた大ヒット作の『JSA』ではその顔力でもって南北を超えた男たちの友情ドラマに男気をぶち込んだ。ガンホの顔はその主張の強さゆえ、コメディというフィールドでも有効に機能することが証明されたが(『クワイエット・ファミリー』『反則王』など)、この『殺人の追憶』で演じたパク刑事はガンホにとってエポックメイキングとも言えるキャラクターとなったはずだ。
 ソウルから派遣されて来たソ刑事役のキム・サンギョンも良いツラ構えだ。サンギョンの初登場シーンは、彼を容疑者と間違えたガンホが見事な跳び蹴りを食らわすという豪快な場面だった。ここでもツカミは見事だった。



2004. French. 40X60cm. Folded.

■『セブン』

 クールでスマートなソ刑事は容疑者のでっち上げや拷問で方向を見失った捜査陣をリードしていくが、相次ぐ犯行と捜査を阻む壁から徐々にパク刑事たちのように感情的になっていく。
 パク刑事「こんな事件ソウルでもあるのか?」
 ソ刑事「いいや」
 このやりとりは『セブン』でのブラッド・ピット(「Have you ever seen anything like this?」)とモーガン・フリーマン(「No...」)の会話を頂戴したものであろう。
 クライマックスではパク刑事でさえも手をつけられないほどの熱さを見せるソ刑事。『セブン』のクライマックスとは逆に、降りしきる雨が2人の刑事と容疑者の顔を打ち付ける。そこに届いた物がもたらす挫折と絶望。感情の発露として発射された銃弾は容疑者に当たらない。『セブン』で犯人「ジョン・ドウ」は「この結末は永久に人々の記憶に残るだろう」と言っていたが、『殺人の追憶』の結末もやはり忘れ難い無念さを刑事たちに強いることになったのだ。

■泣ける

 10数年後、冒頭に登場した第一現場でかつて刑事だった頃を懐かしむソン・ガンホ、そしてそこを通りかかった子供の口から知らされる驚愕の事実。あの時のようにそよぐ風。同じ場所で「殺人の追憶」に浸っていたもう1人の人物の存在を知り、追憶以外の様々な感情があふれ出て動けなくなるガンホ。彼の顔力が最大級に発揮されるラストシーンと、続くエンドロールにおいてまるで鎮魂歌のように響きわたる岩代太郎のスコアが生む屈折したカタルシスは、この分野の作品でも泣けるのだという初めての体験をもたらした。
 1969年生まれ、見た目は「秋葉原系」のポン・ジュノ監督。恐るべし!



2004. Korean. 23X33inch. Rolled.

 韓国のポスター市場がどの程度のものなのか、まったくもって未知の世界だった。
 人伝にネット通販しているショップがあることを聞き、オーダーしたものの、取り引きは難航。数週間待たされてやっと届いたはいいが、やはり状態が良いものを入手することは出来なかった。