OUTRAGE
『アウトレイジ』(2010年)

2010. US 1 Sheet. 27X40inch. Double-sided. Rolled.

■その男たち、下品につき

 「あんたがやれって言ったんだろっ!」
 「なんだとぅ、てめえこの野郎っ!」
 「大きなお世話だよ、バカ野郎!」
 「てめえ誰に向かって喋ってんだ、この野郎!」
 「ふざけんな、この野郎!」
 「くぉんぬぉ野ぁ郎ぅ!」

 ヤクザ・チンピラの専売特許である下卑た怒号の応酬。『座頭市』を最後に北野作品に裏切られ続け、もう義務で観賞するのもいい加減キツくなって来た小生は、この映画の予告編を見てガッチリ掴まれた。「そう、これだ。これでいい。これが見たかったのだ」と。

 バブル経済の終焉と歩調を合わせるようにして、いわゆる「ヤクザ映画」は絶滅してしまった。北野映画の初期作品(いずれもバブル末期だ)の基本にあるヤクザのあり様は、長きに渡って歴史を築いたヤクザ映画ジャンルへの「アンチ・オマージュ」であった。
 縦社会のヒエラルキーを超えてジャレ合う兄弟分たち。堅気の若者たちとカラオケや野球に興じるヤクザ。社会からドロップアウトした人間が、さらに自分のフィールドからもドロップアウトしたような、ツービートならぬ「オフ・ビート」なヤクザ像が、初期北野作品に流れるエンターテインメント性の中枢にあったと思う。

 『HANA-BI』以降、映画という「アート」に自覚的になったがゆえに、大事な物を失ってしまい、自家中毒のスパイラルに陥った北野武。ここ数作は瀕死だったと思う。彼に残された道は、かつて才を見せたヴァイオレンス映画に回帰することであった。監督本人も過去に「これがコケたら暴力映画に戻りゃあいい」という発言をしたことがある。
 「Vシネマ」をちょっとゴージャスにしたようなレベルの作品でいい。それを量産することで、今までの北野武フィルモグラフィを中和して欲しい。「暴力映画界の小津」という地位に着いて欲しい・・・・小津安二郎だってマンネリと言われたが、今となっては世界の巨匠だ。北野のデビュー作が松竹大船撮影所の取り壊しと同年に松竹よりリリースされたのを象徴的に捉えたい欲望。
 だから『アウトレイジ』は、小生が待ち望んだ北野映画だった。

 子供でも疑えるような口車でもって、配下の組織の共倒れを画策するヤクザのドン。そして死屍累々の果てに、最後に笑うのは誰か?という単純極まりないプロット。
 意外性を狙ったものの、あまりにも手垢にまみれ過ぎた役者陣が何をやったところで予定調和なのは否めない。70年代に清潔感溢れるハンサムガイとして一世を風靡した三浦友和がヤクザを演じようと、小市民キャラとしてお茶の間に認知されて来た北村総一郎がドンをやろうと、加瀬亮がインテリヤクザをやろうと、その降り幅にはもう大した驚きは無い。
 暴力描写にしても、撃つ、切る、殴る、蹴る、という見せ場の数々が新鮮味を湛えることはなく、不意打ちの歯医者での拷問さえ、『マラソンマン』に太刀打ち出来るはずも無い粗雑さだ(当り前である。メンゲレ博士ではなく一介のヤクザがやってるんだから)。

 だがそれでも、予告編に期待するだけ期待してこの映画を見た小生は、もう感無量だった。
 出来の良い部分、悪い部分も含めて、小生が思い描いていた「北野武流ヤクザ映画」が、そこには完璧に存在していた。その期待には「恐らくメインキャスト以外にイイ顔した脇役がいるはずだ」という思惑も込みであったが、その最たるものは、石橋蓮司の右腕を演じた俳優だった。面構えだけでなく芝居の間合いがとにかく素晴らしい。
 さらに、見慣れてしまったヴァイオレンス・シーンの中にあって、椎名桔平が処刑される方法のおぞましさだけはハンパ無く、あのシークェンスを撮影した海辺に漂う不穏かつ既視感みなぎるパースペクティヴと合わせて(茨城あたりだろうか)、この映画最大の見せ場のひとつとなっている。

 初期作品のようなエッジやヒネリはもう無い。首を傾げてしまう展開や細部も多々ある。しかし『アウトレイジ』には今までの北野映画には無い大きなものがある。
 それは「作家主義の不在」だ。
 ここにはトリッキーが空回りした撮影も、絵描きたけしのなんちゃってアートも無い。『HANA-BI』以来邪魔で邪魔で仕方なかった要素がきれいに払拭されている。北野イズムを抜いてストレートなヤクザ映画に向き合うことで、皮肉なことにむしろ作家としての成熟が浮かび上がった、というわけだ。

 北野映画初であるシネマスコープ画面に、隅々まで暴力の粒子が行き渡る。ヤクザたちの丁々発止の怒声が鳴り響き、その隙を鈴木慶一によるクールなテクノ・サウンドが満たす、という超低温のユートピア。
 ヤクザ映画が死滅した不健全極まりない現代に、北野武は作家としての原点に立ち返り、深作欣二イズムのサルベージを試みた。北野武の記念すべきデビュー作『その男、凶暴につき』は、そもそも深作欣二監督・たけし主演という企画だった。
 たけしは、弔い合戦に舞い戻ったのだ。

 シンプルかつパワフルなデザインのアメリカ版ポスター。北米での配給は『十三人の刺客』と同じ「MAGNET」。可愛かった右半分を失ったたけちゃんの顔は、老境に差し掛かり、ますます凶暴になった。
 大阪、広島へと舞台を移してシリーズ化すべき。そして、やはり最後は沖縄だよ。