1967. Japanese. 51 x 73 cm.


日本では1967年7月7日に日本ヘラルドの配給で公開された。ベルモンドのサングラスを虹色に加工し、映画のカラフルさを表現している。タイトル・ロゴに荒んだ味わいがあるが、これを「きぐるいピエロ」と読んでしまう輩も多い。「ベニス映画祭青年批評家賞受賞」とあるが、IMDbにそのような記録はない。
1980年の大森一樹作品『ヒポクラテスたち』に登場する映画狂の医学生の部屋にこのポスターが貼られている。83年の『気狂いピエロ』再公開時のパンフレットに、大森監督は「“気狂いピエロ”の頃」というタイトルで寄稿している。



小笠原デザインの衝撃

1983. Japanese re-release. 51 x 73 cm.


世界中の『気狂いピエロ』の全ポスター中、最もインパクトがあり、最もエッセンシャルで、そして最も美しいのが小笠原正勝デザインによる1983年版ポスターだと断言する。スティルではなく映画本編から抜き出された鮮烈な場面の数々。めくるめくイメージ群が一枚の紙の上に乱舞する。原色が炸裂し、奇妙な人物たちが入り乱れる「万華鏡」のようなこの作品にとってこれ以上の図案はあり得ないだろう。小笠原氏はこの映画から受けた印象を劇画的に再現し、動きのある明朝体でタイトル文字を制作、フランスを象徴させるべくトリコロールに色付けた。主人公フェルディナンがそうだったように、このデザイン全体にもインテリジェントな香りが漂う。
1983. Rear side of Japanese handbill.


1983年4月2日、今はなき有楽シネマでリヴァイヴァル公開された。フランス映画社が展開していた「BOWシリーズ」として配給され、同時上映は『勝手にしやがれ』だった。小笠原正勝氏はポスターと同時にチラシ、前売りチケットのデザインも担当した。アール・デコ風のロゴを含む3種類の文字でタイトルを構成する遊び心。
時に東京はミニシアター・ブームのさなかであった。どの媒体に焚きつけられたのか、有楽シネマのある有楽町駅前の路地には長蛇の列が出来るほどの不思議な大ヒットだった。



1983. Ticket stub. 6 x 13 cm.



小笠原デザインでは小さな紙の上にもこれほどまでに『気狂いピエロ』らしさが再現されている。
初日の早朝から劇場前に並んで1回目の上映に臨んだ。2時間弱の上映が終わり、場内が明るくなった時、たった今まで見ていた映画がどんな類の映画なのか、いや、そもそも映画だったのかすらも判然としない、かつて味わったことのない衝撃に17歳の脳はオーヴァー・ヒートした。残念なことに、続けて始まった『勝手にしやがれ』がほとんど頭に入らなかった。有楽シネマを後にし、家路についても頭の中はベルモンドとカリーナと太陽と海と拳銃とダイナマイトでいっぱいだった。そして1週間後、筆者はまた有楽シネマの座席にいた。それは若き日にしか訪れない1度だけの「ヴァーグ=波」だった。

芸術には、語れば語るほど、研究すれば研究するほど核心から遠のいてしまうことがある。
『気狂いピエロ』とはそういう作品に思えてならない。