PSYCHO
『サイコ』(1960年)

1970. Czech (1st Release). 23X33inch. Rolled.



■見る順番を間違えた

 ソウル・バス描く超クールなタイトル・グラフィックが炸裂し、バーナード・ハーマンが紡ぎ出すストリングスが神経を逆撫でするオープニング。主人公かと思われた人物が途中で殺されるという意表をつく展開や、あまりにも有名なシャワーでの惨殺シーンなど、映画史に燦然と輝くこのスリラーの名作は、今まで多くの評論家や研究者によって語り尽くされ(勿論、我が師滝本誠も)、小生ごときに語る言葉は最早ゼロだ。

 実を言うと、小生は『サイコ』より先に『殺しのドレス』を見てしまっていた。ブライアン・デ・パルマが『サイコ』へのオマージュで作り上げた(パクリと言うには堂々とし過ぎているので結果的にオマージュと言うしかない)作品である。「シャワー・シーン」「密室内での刃物による殺人」「途中で死ぬ主人公」「二重人格の犯人」などストーリーは勿論のこと、画的に酷似したシーンも多く、デ・パルマのヒッチコキアンぶりが堪能出来るばかりか、エロティックな描写を多分に盛り込んで、『サイコ』の製作当時ヒッチコックが出来なかったことをやろうという意欲さえ見せた傑作だ。

 だが、こんな知識は全て後付けである。1981年に荻昌弘の「月曜ロードショー」で初めて『殺しのドレス』を見た小生は単純にブッ飛んでしまった。ナンシー・アレンの美貌に釘付けだっただけではなく、ショッキングなストーリー展開に唖然とし、TVの前でドキドキしっ放しだった。本当に夢中になって楽しんでしまったのだ。
 だから、その何年か後初めて『サイコ』を見た時、思わず呟いた。
 「これ・・・『殺しのドレス』じゃん・・・・」。

■途中入場禁止!他言無用!

 そのショッキングな内容から途中入場や結末の他言を禁止したと言われた『サイコ』だが、DVDの特典映像に収録されている予告編や公開当時のニュース・フィルムがこれを克明に伝えていて、案の定すこぶる面白い。アメリカ4大都市での先行上映の模様を見ることが出来るのだが、そこには興行師としてのヒッチコックがいかにこの作品の上映を楽しんでいたかが記録されている。

 ヒッチコックの等身大看板が立てられて「たとえ合衆国大統領、英国女王であろうと上映がスタートした後は入場出来ません」という注意書きが添えられ、長蛇の列に向けてヒッチコック自身が録音した「待つのもいいものですよ。それだけ『サイコ』への期待が高まりますから・・・」という行列客を煽るスピーチが流される。N.Y.のデミル劇場(巨匠セシル・B・デミルの名前が付いた劇場なんて!)の大きな看板と劇場前の混雑ぶりがハリウッド映画の良き時代を偲ばせる。

 6分以上に渡る長い予告編は、本編からの映像を一切使わない録り下ろしで、惨劇の舞台となるベイツ・モーテルとベイツ邸をヒッチコック自身が持ち前のユーモアをまじえながら案内する、というブラックなもの。まるでTVシリーズ「ヒッチコック劇場」を見ているような錯覚に陥る(実際『サイコ』は「ヒッチコック劇場」のスタッフで撮影され、あの面白さを映画に移し変えたものだった)。

■「鳥」

 犯人=ノーマン・ベイツの部屋は鳥の剥製や絵画で飾られている。母親の呪縛から逃れようとして逃れられない者の願望を象徴するものとして「鳥」というモチーフを使ったともとれるが、むしろ逆に、母鳥から口移しでエサをもらう雛鳥としてのノーマン、自由に飛び回れるものを殺し内臓を抜いて屍骸を飾る殺戮・征服者としてのノーマンを表現していると言った方が据わりがいい。
 DVD特典映像の中でクライヴ・バーカーも言っているように、『サイコ』公開の3年前、アメリカ犯罪史上に名高いシリアル・キラー&人体パーツ・コレクター&カニバリスト「エド・ゲイン」が逮捕されている。この事件を知る者が『サイコ』を見れば2つは即座に結び付き、劇中異様なコレクションとして登場する鳥たちの剥製は「全く違うもの」を想起させ、戦慄させるのである。
 しかも餌食となるジャネット・リーの役名は「マリオン・クレーン」。
 クレーン、すなわち「鶴」。

■猟奇とゴシックの祭壇画

 下着姿のジャネット・リーをフィーチャーしたUS版、時計を指差し途中入場禁止を迫るヒッチコックのみを配したUK版、アンソニー・パーキンスの顔を使用したイタリア版などの他、『サイコ』のポスターは様々なヴァリエーションを見せる。だが、このチェコ版ポスターほど作品の猟奇性とゴシック趣味を前面に出した図柄は他に無いと断言していいだろう。チェコの著名なグラフィック・デザイナーZdenek Zieglerによる1970年の作品である(政治的な理由からなのか、『サイコ』は1970年までチェコでは上映されなかった)。

 「カリフォルニア・ゴシック」と呼ばれる建築様式のベイツ邸。その窓(‘母親’の部屋の窓だ)から煙のように噴き出した異様なコラージュ群。人体組織・目玉・骸骨・蛇・豹・猿・拳銃などが所狭しと貼り合わされ、包丁を握る手と殺人者然とした表情のノーマン・ベイツが添えられ、「猟奇の宴」を繰り広げている。その左には解剖図さながらの横顔を、右にはジャネット・リーと思しき女の目を背景にしたノーマンをそれぞれ据え、祭壇画を思わせる三位一体の様相を呈している。そして画面下を大きく占めるベイツ邸のたたずまいとその横に立つノーマンのシルエットが醸し出すゴシック性。黒・緑・オレンジの3色刷りで最大限の効果を出しているこのポスターは、数ある『サイコ』のポスター中、群を抜いて高い芸術性を湛えたものである。

 1970年当時、この「ネタバレ」ポスターを見たヒッチコックがどう思ったのかは知る由も無いが、思いのほか怪奇で猟奇的で過剰にホラー風味のデザインに、例のポーカー・フェイスで一言「グゥーッド」とうなずく彼の顔を思い浮かべてしまうのも、ポスターを収集する楽しみではある。