ROLLERCOASTER
 『ジェット・ローラー・コースター』(1977年)

1977. US 1 Sheet. 27X41inch. Rolled.

■「センサラウンド」体験

 「センサラウンド」とはMCAとユニヴァーサルが共同開発した特殊音響上映方式で、「senses」と「surround」の合成語である。劇場内に設置されたサブウーファー(ホームシアターシステムなどでおなじみの低音専用スピーカー)から低周波を流して空気をビリビリ震わせ、スペクタクル場面の臨場感を増幅させようという趣向。
 『大地震』(1974年)で初採用され、『ミッドウェイ』(1976年)とこの『ジェット・ローラー・コースター』、そして『宇宙空母ギャラクティカ』(1978年)まで計4本の映画がセンサラウンド方式で上映された。もちろん限られた劇場のみで、の話だが。

 群馬県高崎市の映画館が「センサラウンド方式上映!」と謳って『宇宙空母ギャラクティカ』を上映する際、同じセンサラウンド映画ということで今更のように引っ張り出された『ジェット・ローラー・コースター』。この上映方式にずっと興味津々だった小生は、なんともお得なこの2本立てに飛びついた。
 ジェットコースターが走る場面になると早速センサラウンドが作動する。コースターの先頭に据えられたカメラによる体感的映像(今では当たり前だが当時は新鮮だった)に合わせて、スクリーン前にあるスピーカーから流れる低周波がビリビリ、ブルブル・・・・確かに迫力が増したような気はした。しかし感想は「え?こんなもんなの?」という程度のもの。なぜなら、当時の宣伝文句は「本当に揺れる!」と誤解を招くものが多数だったからだ。
 よくよく考えれば、音響装置だけで座席がユサユサ揺れるはずなどない。田舎の小さな映画館であるからして、サブウーファーの本数が足りずに(大きな電力を必要としたのでコストがかかる)迫力不足ではあったかも知れないが、それを差し引いても、小生の中の「センサラウンド神話」はその日完全に崩壊した。
 特殊音響方式上映は終焉を迎え、ハリウッドは「ドルビーステレオ」の時代に突入する。

■77年のアトモスフィア

 あまり使い道の無かったと思しきセンサラウンドから逆算し、当時まだ珍しかったループのある巨大ジェットコースターの臨場感あふれる映像を映画館で体感させようという企画から始まったようなこの『ジェット・ローラー・コースター』。
 一見アイデア一発のような作品と思えるが、遊園地のジェットコースターに次々と爆弾を仕掛けオーナーたちを脅迫する謎の青年と、彼を追う「Standards And Safety(保安基準局)」の検査官、そしてFBIの頭脳戦をサスペンスフルに描く物語は、決して手抜きではない。冒頭には(ややショボい遊園地だが)、コースターのレールを爆破、脱線させて大惨事を惹き起こすというスペクタクルもある。
 脚本を手がけたのは、往年の名作TV「刑事コロンボ」シリーズのクリエイターであるリチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンク。禁煙治療に通院し、離婚して娘の養育権を取られた主人公の検査官を演じるジョージ・シーガルのショボくれたルックスはコロンボを彷彿とさせるし、サスペンスの盛り上げも非常に巧みだ。監督はTV出身のジェームズ・ゴールドストーン(「逃亡者」や「スター・トレック」を撮ったこともある)。
 撮影は、同時期に『名探偵登場』『大陸横断超特急』などで手堅い仕事をしているデヴィッド・M・ウォルシュである上に、画面サイズはシネマスコープである。にも関わらず、この作品には映画ならではのスケール感が乏しい。それは脚本コンビと監督がTV界の人間だからかも知れない。
 キャストにも原因がある。ジョージ・シーガルはもちろんスターではないし、犯人役のティモシー・ボトムズは名作『ラスト・ショー』(1971年)に主演したものの、その後はパッとせず。ヘンリー・フォンダとリチャード・ウィドマークという往年のスターなどが顔を見せてもいるが、この頃の2人はかつての栄光をかなぐり捨てたかのような安売り状態だった。

 だがしかし、スターになれなかった俳優と旬をとっくに過ぎた老俳優ばかりが出ている、このTV映画のような作品を、小生は今でも大好きである。
 巨大コースターのオープニング・イベントで「スパークス」がコンサートをやったり、主人公の娘役はこれが映画デビューのヘレン・ハントだったり、クライマックスで爆弾の仕掛けられたコースターの車両に座ってバカ騒ぎしているのがデ・パルマ作品『ボディ・ダブル』のクレイグ・ワッソンだったり、ラロ・シフリンによる音楽が小品ながらも素晴らしかったりと、大人になってから見ると新たな楽しみ方もあるのだ。
 そして、小生がこの映画を好きである最も大きな理由は、作品のすみずみまで充満する空気感(アトモスフィア)、である。小学生で映画の世界に足を踏み入れ、映画という「オトナの世界」を媒介にして目にしたアメリカという外国の、70年代後半当時のモードと空気と陽光だ。
 76〜77年にかけてのアメリカ映画・・・・・『がんばれ!ベアーズ』、『タクシードライバー』、『パニック・イン・スタジアム』、『2300年未来への旅』、『世界が燃えつきる日』、『ブラック・サンデー』、そしてこの『ジェット・ローラー・コースター』といった作品群。作品の出来・不出来は関係ない。小生はその時代に見知った映画から、恐らく一生逃れられないはずだ。
 なぜなら、背伸びをしていた頃の、恥ずかしくも甘い少年時代の記憶が、もちろん初恋の美しい思い出までをもセットにして、同じ記憶の抽斗(ひきだし)に収まっているからである。

 小生が購読していた70年代後半の「ロードショー」誌には、海外版オリジナルポスターを紹介するページがあった。日本版と違ってスタイリッシュでクールなデザインのアメリカ版ポスターは、小学生の目には時に奇異に映ったものだが、この『ジェット・ローラー・コースター』のポスター写真は、当時小生の心をがっちり掴んだ。言わば「海外版ポスター初体験」であった。あれから30年後、まさか本物を手にすることになるとは。