■「ノイズ」「バロック」「猟奇」
『セブン』ではハワード・ショアが、クライマックスにおいてミニマルなフレーズを聴かせ、緊張感を煽りまくる。デヴィッド・クローネンバーグの盟友として素晴らしい仕事をして来たショアは、90年代には「サイコ・スリラー御三家」とでも言うべき『羊たちの沈黙』、『セブン』、『ザ・セル』(これは2000年の作品だが)全ての音楽を担当することにもなった。多くの映画音楽作曲家がバーナード・ハーマンへのリスペクトを隠さないが、ハワード・ショアが『セブン』で聴かせるスコアもまた、作品の性質上ハーマンの影響を避けて通れないものであったに違いない。しかし、『セブン』の印象を決定付けたのは、ショアによるオリジナル・スコアではなく、3つの既製の楽曲であった。
まずタイトル・シークェンスで流れるのがナイン・インチ・ネイルズの「Closer」。
歌モノであるアルバム・ヴァージョンではなく、シングルに収録されたノイジーなリミックスで、‘UKインダストリアル界のザ・ビートルズ’「スロッビング・グリッスル」の元メンバー、ピーター・クリストファーソンのユニット「COIL」によるもの。歌詞の載った部分は割愛され、2分ほどのインストゥルメンタルにエディットされて使用されたが、最後に1センテンスだけトレント・レズナーのシャウトが響く。
「You get me closer to God」・・・・映画の内容に則して訳せば「お前たちが私を神に近づけるのだ」となり、犯人ジョン・ドウの日記制作のプロセスを見せながら、レズナーの声を聴かせて開巻早々に犯人像を明かしてしまうという(ゆえにこの映画は謎解きではない)フィンチャーの確信犯ぶりがニクい。
2つめは、夜遅くサマセット刑事が図書館を訪れるシーンで夜警(『スピード』でバスの運転手を演じていた俳優だった)が彼の為に「ほら、文化の香りだぜ」と皮肉っぽく流すJ・S・バッハの「G線上のアリア」。
ホラー映画に美しい楽曲を使うパターンは『エクソシスト』から始まったと思しいが、『セブン』で発揮されるデヴィッド・フィンチャーのDJ能力はホラー映画史に特筆されるべきだろう。「七つの大罪」に関する様々な書物が開かれ、テキスト中の残虐なセンテンスや、ギュスターヴ・ドレの銅版画による挿絵が画面いっぱいに映し出される背後で、なんとも格調高く鳴り響く「G線上のアリア」。
図書館内を黙々と歩くサマセット、自宅で現場写真と向き合うミルズ刑事と、そんな夫を離れたところから見守るトレイシー(グウィネス・パルトロウ)のショットを合間に挿入しながら、これから3人に訪れる恐怖と絶望の予兆が渦巻く一連のシークェンスを、「アリア」の美しいメロディがミスマッチに彩ってしまうという、MTV監督出身であるフィンチャーの本領がいかんなく発揮されたパートだ。
そして3つめは、エンド・クレジットでかかるデヴィッド・ボウイの「Hearts Filthy Lesson」である。
ボウイが95年に発表したアルバム「アウトサイド」は、ブライアン・イーノやカルロス・アロマーといったかつての盟友の参加もあり、テイストとしては70年代黄金期のボウイを彷彿とさせるが、ボウイ自身によってインナーに書き下ろされた「ネイサン・アドラーの日記 あるいはベイビー・グレイス・ブルーの芸術儀式殺人」なるテキストのおかげでボウイ最大の問題作と化している。
『セブン』撮影中、この猟奇的アート殺人をテーマにしたアルバムのことを聞きつけたフィンチャーは、曲の使用をめぐってボウイに連絡を取っている。2人のデヴィッドがやろうとしていたことは見事にシンクロしていたのだ。
『セブン』ではジョエル・ピーター・ウィトキンの写真がヴィジュアル・イメージとして参考にされたが、「Hearts
Filthy Lesson」のプロモ・ヴィデオでは、もろにウィトキンの作品が動き出したかのような世界でアクトするボウイを見ることが出来る。
「ネイサン・アドラーの日記」は、殺人事件の容疑者が営む店に行ったきり行方不明になったある女性芸術家についての記述で終わっているのだが、彼女が妊娠していた、というオチはまるで示し合わせたかのように『セブン』とリンクしている。
ちなみに「アウトサイド」から映画に使用された曲があと2つある。デイヴィッド・リンチ作品『ロスト・ハイウェイ』のオープニング&エンディングで使用された「I'm
Deranged」と、ポール・ヴァーホーヴェン作品『スターシップ・トゥルーパーズ』のプロム場面で登場するバンドによって演奏された「I
Have Not Been To Oxford Town」である。
「アウトサイド」は小生にとって90年代の最重要ロック・アルバムとなってしまった。
「ノイズ」「バロック」「猟奇」・・・・そしてボウイの曲のラストで聴けるつぶやき「What
a fantastic death abyss(なんて素敵な死の深み)」・・・・『セブン』はつまりそういう映画なのである。
上記US版アドヴァンスと同じ写真を用いたイギリス版アドヴァンス・ポスター。コピーもクレジットも無い正真正銘の「煽り」ポスター。ブラッド・ピットとモーガン・フリーマンの名前が赤いところがナイス。
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