DIE BLECHTROMMEL (THE TIN DRUM)
『ブリキの太鼓』(1979年)


1979. German. Style B. 23X33inch. Folded.

 ドイツではアドヴァンスも含めて4種類のポスターが制作された。
3種類は教会の鐘楼で太鼓を叩くオスカルの姿で押し切ったデザイン。
このStyle Bは唯一全く異なるデザイン。
ポスター全体を粉砕する2人のオスカルと、中央に堂々と配置された太鼓がなんとも美しい。

■キングダム・オブ・フリークス

 ポーランドのノーベル文学賞受賞作家ギュンター・グラスが1959年に発表した大河小説を、ドイツ人監督フォルカー・シュレンドルフが映画化。主人公は3歳で自ら成長を停めた子供オスカル。物語は1899年、若き日のオスカルの祖母が祖父と結ばれるシーンで幕を開け、ポーランドの都市ダンツィヒを舞台に、オスカルとその家族が辿る数奇な運命を、ナチスドイツが侵攻して第二次世界大戦が勃発し、終戦を迎える1945年までの激動のさなかに描く、グロテスクかつ甘美な一大ページェントである。

 成長停止と同時に、高音域の声でガラスを粉砕する能力を身につけたオスカル。この小さな怪人物を中心に、淫蕩な母親とその従兄弟(実はこの男がオスカルの父親かも知れない)、ナチスに傾倒していく父親、母親に恋慕するユダヤ人の玩具屋、街の変な大人や残酷な子供たち、母の死後やって来る家政婦の少女、それにオスカルと同様に成長を停めた異形の者たちまでが登場して織り成す、奇妙で、滑稽で、下品で、濃密な群像劇。
 そんな人間たちの営みを見守るかのように挿入される、絵画のように美しい風景。そして彼らの運命をまるごと変えてしまう戦争。オスカルの母親や家政婦の少女が醸し出す匂い立つようなエロスが、母親と従兄弟の激しいセックスが、家政婦とオスカルのエキセントリックな遊び(体に粉末ソーダを唾液で溶かし舐め合う)が、なんとも淫靡かつ濃厚な空気で映画を満たしていく。

 そして、『ゴッドファーザー』の有名な場面と並ぶであろうショッキングなシークェンス。浜辺をそぞろ歩くオスカル一家は海中から出たロープを掴んでいる男に出会う。「何が釣れるの?」という質問に男がロープを引き上げると、先には馬の首が括り付けられており、その中には大量の大ウナギがうごめいているのだ。馬の口や耳からゾロゾロヌルヌルと吐き出されるウナギ。さっきまで従兄弟といいムードだった母親はその場で嘔吐。このウナギ漁のおぞましさたるや半端ではなく、見た者に強烈な印象を残すばかりか、作品のトーンを固定してしまうかのごとき凄まじいシーンである。

1979. Danish. 24.5X33.5inch. Folded.

上記ドイツ版に小技を効かせたデンマーク版。
飛び散ったガラスの破片にはめ込まれた名場面の数々。
 設定3歳のオスカルを演じるのは撮影時12歳だったダヴィッド・ベネント。デヴィッド・ボウイとアンソニー・ホプキンスを足したような悪魔のごとき相貌と、目を見張る天才的な演技力で作り上げたオスカルは原作者グラスも絶賛したという。教会の鐘楼に登って悲鳴を上げ、建物のガラス窓を派手に砕くシーンが見ものだ。夕陽の映えたガラスが次々とスローモーションで砕け、街路に降り注ぐこの美しい場面は、後に大友克洋が『AKIRA』で再現することになる。
 オスカルの母アグネスに恋慕するユダヤ人の玩具屋にシャルル・アズナヴール(『ピアニストを撃て』)、八百屋の奥方にアンドレア・フェレオール(『終電車』)という新旧トリュフォー組が花を添えている他、ボロボロのタキシードを着て墓場で物乞いをする狂人、少年愛嗜好者の八百屋(演じるのはダヴィッド・ベネントの実父)、猫を飼うトランペット吹き(『ベルリン天使の詩』で天使を演じたオットー・ザンダー)など、一筋縄ではいかない脇役たちがオスカル一家のドラマにこってりと盛り付けられる。
 オスカルの出産の瞬間を子宮の中からとらえるという悪趣味な特撮が素晴らしい。時折昔の記録フィルムのように回転を速め、画面の明度を震わせて古色蒼然とした画作りを試み、映画史の記憶をも呼び覚まされる。他にもポーランド郵便局の攻防戦のスペクタクルや、ドイツ軍のトーチカの上での小人たちのピクニックなど、印象的な見せ場の数々がオスカルの冒険をこれでもかと彩ってみせる。

 映画音楽の巨匠モーリス・ジャールが、持ち前の雄大で華麗なスコアの中にも、実験的なアプローチを試みている。タイトルにもなっているブリキの太鼓を編曲に組み入れたのはもちろん、「フヤラ(Fujara)」なるスロヴァキア伝統の笛(オーストラリア原住民アボリジニの楽器であるディジュリドゥのピッチを上げたような音色)をオーケストレーションのメインに据え、スラヴ民族の血を引く原作者ギュンター・グラスへの敬意を高らかに掲げているのだ。
 軽妙なおもちゃの太鼓とフヤラの不思議なサウンドが醸し出すコミカルな妙味、サックスなど管楽器を多用したわかり易い情感が、『ブリキの太鼓』というあまりにも風変わりな歴史絵巻に親しみと茶目っ気を与えている。

 この映画は1979年のカンヌ映画祭で『地獄の黙示録』と評価を二分し、結果両作品にグランプリが与えられた。ちなみに、『地獄の黙示録』の製作費は3200万ドル(70億円)で、『ブリキの太鼓』の製作費は700万マルク(7億円)と言われている。これほどの大作がそんな低予算で作られたとは信じ難いことである。