BLUE VELVET
『ブルー・ベルベット』(1986年)


1986. US 1 sheet. 26.5X39.5inch. Rolled.

■天国のヒッチコックよ、嫉妬せよ

 『ブルー・ベルベット』という作品について、小生ごときに語れることなど無い。処女評論集「映画の乳首、絵画の腓」(ダゲレオ出版刊)で、小生の導師=滝本誠が書き尽くしている。デイヴィッド・リンチ本人以上の理解度をもって。

 奇怪で魅惑的な人物達が織り成すミステリー仕立ての愛の宇宙。強烈な色彩とノイズ、そしてボビー・ヴィントンやロイ・オービソンのオールディーズに彩られた時代設定不明の世界。のどかなアメリカン・サバービアのすぐ隣で渦巻くダークサイド。主人公ジェフリー・ボーモント(カイル・マクラクラン)同様、映画が始まって間もなく、小生も拾った耳の中へと吸い込まれたのであった。

 美しいルックスに似合わぬ変態っぷりを見せるK・マクラクラン、腐りかけの果物のようなイザベラ・ロッセリーニ、フツー然としながら実はかなり面白い顔のローラ・ダーン、歌(!)まで披露するカッコイイおかまのディーン・ストックウェル、そして映画史に燦然と輝くサイコ野郎フランク・ブースを嬉々として演じるデニス・ホッパー・・・・・これ以外は考えられないキャスティングに、最高の撮影・美術・音楽が渾然一体となって、リンチにしか作り得ない甘美な、あまりにも甘美な悪夢が展開する。
 イングリッド・バーグマンの娘がイージーライダーに嬲られる、まるで『フレンジー』を想わせる「プレイ」。それをクローゼットから覗き見る金物屋の息子ジェフリー。行方不明の恋人マリオンを探す金物屋サムと、犯人であるノーマン・ベイツ、という『サイコ』の2人を足したかのようなキャラクター造形。もちろん、主人公はリンチ自身の投影だ。そして、そんなジェフリーの恋人を演じるのは、『ファミリープロット』で主人公を演じた男の娘である。
 ヒッチコックが存命であったら必ずや嫉妬したであろうこの<スリラー映画>は、リンチの最高傑作であるばかりか、80年代アメリカ映画を代表する1本であり、そして永遠のカルトである。
 前作『デューン』の興行的・批評家的失敗と打って変わってこの作品は、L.A.映画批評家協会賞やアヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得。そしてなんとリンチをアカデミー監督賞候補にまで祭り上げた。

 青いベルベットのガウンを羽織った真っ赤な唇の年増女を抱くギリシャ彫刻のように美しい裸の青年・・・・作品の内容を表現し切っているとも何も語ってもいないとも受け取れる不思議なポスターである。まるで『風と共に去りぬ』のポスターのようなこの写真と共に、『ブルー・ベルベット』は80年代のイコンの1つになった。



1986. US 1 sheet. 27X41inch. Rolled.

上記レギュラー版に、更にレヴュー・センテンスを付け足した珍しいモノクロ版ポスター。




1987. British Quad. 30X40 inch. Rolled.

■イギリス人デザイナーの理解度

 映画製作国で作られたポスターこそがベストポスターとは限らない好例である。メイン・ヴィジュアルもタイトル・ロゴも同じものを使用しているが、US版の上部に踊るうるさいレヴュー文を取っ払い、背景をマットなブル−ではなく波打つビロードに変えている。キャッチコピーすら無いからどのような作品であるか全く謎だ。宣材としてのポスターという観点からすれば、一体客を呼ぶ気があるのか疑問なほど大胆なポスターではある。
 だがそのシンプルさゆえ、このポスターは数ある『ブルー・ベルベット』のポスター中にあって最も美麗なものとなった。『ブルー・ベルベット』を当時屈指のアート・フィルムとして評価し、公開しようというイギリスの配給会社の意気が感じ取れる。
 かつて『エレファントマン』をロンドンで撮影した際、リンチはアンソニー・ホプキンスやイギリス人スタッフから信用されず随分いじめられたと聞く。しかしこのUK版ポスターには、そんな苦い過去を払拭するほどのイギリス人デザイナーのリンチに対する深い理解が窺える、とも言える。

 それにしても恐ろしくレアなポスターである。状態の良いUS版も希少だが(仏版、伊版、独版、トルコ版などはebayに度々現れる)、このUK版にはかなわない。Rolled状態のものはなおさらである。何が何でも欲しかった1枚だが、入手までに4年以上かかった。