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『イグジステンズ』(1999年)


1999. Canadian. 27X40 inch. Rolled.

■クローネンバーグ初コメディ

 90年代最後のクローネンバーグ作品は久し振りのオリジナル脚本。
 臓器のような形状のゲーム機を、背中に開けた穴にへその緒状のコードでもって繋ぎ、ダイレクトに脊椎→脳でプレイするゲーム「イグジステンズ」。ゲーム内世界と現実世界が融合した迷宮。混沌としたボーダーの上で、プレイヤーがプレイヤーでなくなって行くのは必然だ。
 『スキャナーズ』や『ビデオドローム』を彷彿とさせるばかりか、悪ノリしながら作ったセルフ・パロディ的作品という印象だ(決して「集大成的作品」などと言ってはいけない)。今までクローネンバーグが展開して来た哲学・美学は、コメディと表裏一体だったことがわかる。
 控え目ながらも、初めてCGI特撮で作った怪物を採用。特殊造形・特殊メイクと併せて、『ザ・フライ』以来のSF風味を堪能出来るばかりか、クローネンバーグが新時代モードに突入したことを実感する。過去に『トータル・リコール』の企画が流れた経験への落とし前だろうか、フィリップ・K・ディック色も濃厚である。とにかく、ファンへのサービスとしか思えない程の「過剰なクローネンバーグっぷり」が自虐的に可笑しい一本。

■アッシュそしてボビー・ペルー

 毎回キャスティングに驚くべき才能を発揮するクローネンバーグだが、今回は主人公のゲーム・クリエイター役にジェニファー・ジェイソン・リー、そして彼女とゲームをプレイするボディガード役になんとブレイク前のジュード・ロウを起用。この辺りの先見の明はさすがである。しかもジェニファーの背中に穿たれたプラグ穴をいかにも端整な顔立ちの彼に舐めさせたりする悪ノリっぷりだ。
 更に脇を固めるのは名優イアン・ホルムと今やハリウッド随一の怪優になったウィレム・デフォー。壊れたゲーム機を解剖(解体ではない)するホルムに『エイリアン』のアッシュを、狂暴な形相でいやらしく笑うデフォーには『ワイルド・アット・ハート』のボビー・ペルーを想起せずにいられない。もう最高だ。



1999. British Subway. 40X60 inch. Rolled.

■グリッスル・ガン

 毎回魅力的な造形物が登場するクローネンバーグ作品だが、『イグジステンズ』でも数々のガジェットが楽しませてくれる。
 中でも最も素晴らしかったのは「グリッスル・ガン」と呼ばれる、金属探知機に反応しないよう畸形の両生類の骨で作られた銃。発射される弾丸は「歯」である。ゲーム世界内のチャイニーズ・レストランで出された「スペシャル・メニュ」の中から次々にパーツを取り出し、このグロテスクな銃を組み立てて行くシークェンスは、この映画の中で最もエキサイティングな場面と言える。『ジャッカルの日』での同様の場面がそうであったように。

 このロンドンの駅構内・バス停用ポスターはそんなグリッスル・ガンを大きくフィーチャーしたアドヴァンス版。
 グリッスルという言葉で思い出すのは、70年代末から80年代初頭にかけてイギリスで活動したインダストリアル音楽のバンド「スロッビング・グリッスル」(Throbbing Gristle=脈打つ軟骨)である。
 肉体性への覚醒をうながすステージ・パフォーマンス。聴き続けたら脳に腫瘍が出来るのではないかという轟音ノイズ。シンセサイザーで美しく奏でるテクノロジー賛歌。さながら「音楽版クローネンバーグ」とでも言うべきこのバンドは、ウィリアム・S・バロウズとのコラボレーションをクローネンバーグ以前に遂行している。
 バンド・リーダーだったジェネシス・P・オーリッジは、全身に派手なピアシングを繰り返し、スプリット・ペニスまで試す人物だった。そして最終的には、クローネンバーグが『M・バタフライ』で描いた肉体パフォーマンス=疑似性転換を実践することになる。もちろんそれは疑似ではなく、施術による完全な肉体改造だった。

 メタフレッシュ・ゲームポッドもグリッスル・ガンもいいが、実は劇中最も不思議だったオブジェは、J・J・リーがバッグ代わりに肩から下げていたスキー・ブーツである。あまりにおかしな形のバッグだったので最初それとは判らなかったほどだ。これこそクローネンバーグが言いたかったことではないだろうか。
 「全ての理性を抹殺せよ」・・・・やはりそういうことか。


UK Promo Sticker.

イギリスではなんとセガのゲーム機「Dreamcast」とのタイアップでPRされた。
万が一大ヒットしていれば、この映画がゲームソフト化されていた可能性があるということだ。

1999. German Video AD. 23X33 inch. Folded.

■もう1つの現実を生きろ

 バロウズによる「全ての理性を抹殺せよ」に加えて「Everything is permitted」(「全ては許される」)という金言が『裸のランチ』のキャッチ・コピーであったが、『イグジステンズ』でも同じコピーを採用してOKである。いや、『ヴィデオドローム』にも『ザ・フライ』にも『戦慄の絆』にも同じコピーでいいだろう。理性を殺せば全てが受け入れられる。もう一つの現実を生きろ。
 思えば同時期に公開された『マトリックス』は、続編で「real world」を描けば描くほどつまらなくなっていった。本当に面白いのは「another world」のほうだと言うのに。

 1999年、『イグジステンズ』が公開されたこの年、クローネンバーグはなんとカンヌ映画祭の審査委員長に任命された。いよいよ世界的な巨匠への本格的仲間入りである。