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父親との面会に行く前に母親の家を訪れるマルチェッロ。一人邸宅に住む母親は中国人のお抱え運転手によってモルヒネ中毒にさせられていた。 |
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退廃的な母親を演じたのはミリイ(本名カーラ・ミニョーネ)。彼女は1930〜40年代にブロードウェイで成功を収めた経歴を持つ歌手・ダンサーでもある。 |
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マルチェッロの監視役兼運転手であるマンガニエッロを演じたガストーネ・モスキン。『暗殺の森』に心酔したフランシス・フォード・コッポラに招かれ、モスキンは『ゴッドファーザー
PARTU』(1974)に出演。若きヴィト・コルレオーネに暗殺されるリトル・イタリーの顔役ファヌッチを楽し気に演じた。英語を話せないモスキンはスタッフたちの人気者だったという。 |
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このシーンの直後で見せた、枯葉が風で飛ぶ地面をカメラが這うように捉えた美しいショットは少なくとも2つの作品が真似をしている。
1つは『ゴッドファーザー PARTU』で、マイケル・コルレオーネのうら寂しい邸宅の枯葉が敷き詰められた庭を捉えたショット。もう1つはポール・シュレーダー作品『MISHIMA』中の「金閣寺」を基にしたチャプターで見ることが出来る。 |
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マルチェッロの父親はかつてファシスト党員であったが、梅毒患者となって精神病院に収容されていた。「ヒマシ油」や「棍棒」を使った拷問のことを父に問い詰めるマルチェッロ。ヒマシ油は大量に飲ませると下痢を引き起こすという、ファシスト党お得意の拷問だった。棍棒はイタリア語で「Manganello」。ジュリアは夫のお目付け役の名前「Manganiello」を棍棒と聞き間違える。 |
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幻となったローマ五輪のためにムッソリーニが計画した理想都市「EUR」内に建つ会議場ビルの屋上野外劇場が精神病院に見立てられた。しかしこのセンターの建設が開始されたのは『暗殺の森』の設定である1938年。途中第二次世界大戦で工事が中断され、完成したのは1954年のことであった。 |
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パリへ向かう特急列車のシーン。窓外を流れる風景はスクリーン・プロセスによるもの。オレンジ色に燃える夕陽を背にしたラヴ・シーンから青色の夜景へと一瞬にして変わる、あまりにも映画的な時間。ストラーロによる光の魔術。 |
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列車内でジュリアはマルチェッロ以前に交際相手がいたことを告白する。彼女の両親の友人であり、今回の結婚の立会人である弁護士ペルプツィオという老人から15歳の時に手籠めにされていたのだ。交際期間は6年間に及んだ。マルチェッロとの会話の中でこの「6年間」という期間がしつこく繰り返されるのだが、ゴダールとアンナ・カリーナの結婚生活が6年間であった。 |