車でダンスホールに乗り着けた4人。本編でこのシークエンスが始まるのはこの直後から。
背後に流れるのはセーヌ川の支流、マルヌ川。撮影地である「Chez Gegene」は1918年創業。「Guinguette(ギャンゲット)」と呼ばれるパリ郊外で発展したキャバレーおよびダンスホールで、1920年代のキャバレー文化華やかなりし時代に隆盛を極めた。『暗殺の森』の設定である1938年にも賑わっていたことだろう。
シャンソン「A Joinville le Pont」にはChez Gegeneのことが歌われている。
モラヴィアの原作ではここはレズビアン向けのクラブという設定。2人はやはりダンスを踊るが、映画にあるような温かみのあるエロスはない。ジュリアはリーナ(映画ではアンナ)に嫌々付き合い、教授はレズビアンそのものを毛嫌いする。
アンナがジュリアの手を取ってから踊り終わるまで1分30秒。
見つめ合う目と目。ブロンドと黒髪の間に生じるあまりにも官能的な磁場。この瞬間、ここがパリの中心になった。
サンダとサンドレッリ。偶然とは言え彼女たちの名前の類似には妄想を掻き立てられる。
ドレスをデザインしたジット・マグリーニはこの後『ラストタンゴ・イン・パリ』、『1900年』でも衣装を担当した他、『ラストタンゴ〜』ではマリア・シュナイダーの母親役も演じた。
イタリア版2シートポスターでイラスト化されたスティル。
赤く縁取られた窓枠、窓外を青く染める夜気、そして温かみのある照明。これら美術設計の見事なアンサンブルがアンナとジュリアの「プレイ」にとって最高の舞台となった。そしてエクスタシーを完璧な形で記録したストラーロのカメラ。
アンナが「タチ」でジュリアが「ネコ」。踊り終えた瞬間抱き合う2人と、思わずこぼれるドミニク・サンダの笑みに宿る即興性の魔術。
『暗殺の森』を代表するあまりにも力強いスティル。完璧な構図と神がかった美しさはアイコンとなった。官能とはこれである。
こちらもザッツ『暗殺の森』と言うべきショット。見守るパリ市民たちの表情がいい。これもまた、まるで実際に1938年に撮られた写真のよう。
ジャン=ルイ・トランティニャンは自身のフィルモグラフィ中において『暗殺の森』を、『愛、アムール』(2012)以前で最高の作品と位置付けている。
アンナとジュリアのタンゴの興奮は、見守っていた客たちを巻き込んでのファランドール(円舞)へと発展し、その奔流はマルチェッロを捕え、囲い込む。イタリアから来たファシストをパリ市民が取り囲む明快な構図。
ファランドールが終わり、絶妙なタイミングで流れ出すカンツォーネ「Tornerai」とともにチークダンスを踊る人々をダンスホールの窓外から眺めるマンガニエッロ、次にジュリアとクアドリ教授、そしてマルチェッロとアンナへと移動する魔法のような1カット撮影に眩暈を覚える。
クアドリ教授を演じたエンツォ・タラシオは主にテレビ映画やドラマで活動した俳優。
ローマ大学時代にマルチェッロが講義を受けたという「プラトンの洞窟」の神話を、ベルトルッチは「あの洞窟はまさに映画のメカニズムのことであり、映画はプラトンによって発明された」と述懐する。
サンドレッリの美貌と明るさがこの作品にもたらしたものはあまりにも大きい。そしてモラヴィアの小説に近いキャラクターは唯一彼女だけである。