THE RIGHT STUFF
『ライトスタッフ』(1983年)


1983. US Advance. 27X41inch. Rolled.

この映画のメイン・ヴィジュアルは何と言ってもこれ。「未来はどのように始まったのか」というコピーがイイ。
真ん中にいるのは、実はエド・ハリスではなくフレッド・ウォード。
そう、この並び方が正しいのである。

■マーキュリー計画

 1950年代後半、ますます熾烈を極めていた米ソ冷戦は、ソ連による人工衛星スプートニクの打ち上げに始まる両国による宇宙開発競争へとステージを広げることになった。遅れをとったアメリカは「NASA」を設立、急ごしらえの有人人工衛星を打ち上げようと「マーキュリー計画」を立ち上げる。後に「ジェミニ計画」、「アポロ計画」へと発展する、アメリカによる宇宙開発の黎明期である。

 『ライトスタッフ』は、片やマーキュリー計画の宇宙飛行士に選抜された7人の男たち、片や音速の壁を破った伝説の空軍パイロット、という2つの生き様の対比を軸に、妻たち、NASA、政府、マスコミ、そしてパイロットたちがたむろする酒場といった多彩な周辺人物の人間模様を織り交ぜて紡ぎ出したアメリカの現代史であり、壮大な叙事詩である。

■サム・シェパード

 トム・ウルフの長大な原作を脚本・映像へとアダプテートしたフィリップ・カウフマンの手腕が見事だが、この映画最大の魅力はキャスティングにある。
 タイトルである「正しい資質」を体現する真のカリスマ、サウンド・バリアーを破った男=チャック・イェーガー役にまだまだ知名度の低かったサム・シェパードを推したのは監督のカウフマンだった。もともと劇作家であり、アントニオーニの『砂丘』の脚本で知られていたサム・シェパードは、テレンス・マリック作品『天国の日々』で注目されるも、俳優としての力量はまだ未知数だった。
 キャスティングに際し、カウフマンはゲイリー・クーパーを引き合いに出してシェパードを賞賛するものの、セリフの多いイェーガー役にはどうやっても向かない。難色を示すプロデューサーを説き伏せるため、カウフマンはセリフを大幅に削った脚本に書き直す。サム・シェパードがセリフ少なに演じることで、結果としてチャック・イェーガーのキャラクターにストイシズムと神秘性が多分に付加されたのだ。映画冒頭で馬を駆るシーンは西部劇を思わせ、滑走路で点火試験中の実験機「X-1」のショットで馬に跨ったままフレーム・インして来る雄姿は、イェーガーが根っからの「カウボーイ」である、つまり彼にとっては馬もジェット機も同じ乗り物であることを、美しい一枚絵で表現する。
 涼しげな眼差しに、曲がって生えた前歯。決して理想的なハンサム・ガイの容貌とは言えないものの、サム・シェパードのたたずまいに漂うただ事ではない色気は一体何なのだろう。劇場公開時に見逃していた小生は、後年2本組みVHSで初めて『ライトスタッフ』を見た時、自分がゲイなのではないか、と心配になるほど、シェパードの男っぷりに、その一挙手一投足に息を止めて見入った。それまで無かったガムを噛む習慣も、バーボンを呑むのも、彼を見て覚えたものだった。それは正真正銘、恋、だった。
 「絶世の美女が一晩お相手をしてくれる」のと、「サム・シェパードと馬で荒野を旅し、夜はバーボンの瓶を回しあいながら焚火にあたって語り明かす」のとどちらかを選べ、などという愚かな選択肢は笑止千万である。今でも。そして、これからも。

 イェーガーの愛妻グレニスにキャスティングされたのはバーバラ・ハーシー。撮影開始直前まで決まらなかったこの役が急遽ハーシーに決定したのは、ラッド・カンパニーがこの前年に製作した『ブレードランナー』で脚本を書いたハンプトン・ファンチャーの交際相手だった、という縁は考え過ぎだろうか。
 正しい資質を持つ男の妻もまた正しい資質の持ち主でなくてはならない。バーバラ・ハーシーの、控えめだが、芯の強さを秘めた美貌は、サム・シェパードとの2ショットに似つかわしいものだ。悔しいが(笑)。



1983. US 1 Sheet. 27X41inch. Rolled.

『パピヨン』や『スター・ウォーズ』のポスターで有名な中国系アメリカ人イラストレイターTom Jungによる最高のアート。
この映画のクライマックス・シークェンスを一枚の紙の上に展開して見せた、「正しい」ポスター。

■スター不在

 もう一方の主役である7人のアストロノーツたちにも優れた俳優が揃った。充分な予算を組んでもらえなかったために、サム・シェパードの起用といい、この映画にはスターが不在である。だが、こういった足枷が怪我の巧妙に転じることは映画史において珍しくない。製作当時は駆け出し・脇役・無名だった役者たちが、その後スターや名優へと成長することは『エイリアン』でも証明済みだ。TVドラマに活動の場を移したスコット・ポーリンとチャールズ・フランクはともかく、エド・ハリス、デニス・クエイド、フレッド・ウォード、スコット・グレン、ランス・ヘンリクセンのその後の活躍、フィルモグラフィが輝かしいことになってるのは周知の事実。
 エド・ハリスとランス・ヘンリクセンは、ともにジェームズ・キャメロン作品で一気に花開いた感があるし、デニス・クエイドは『インナースペース』のヒットでスターとなった。『ライトスタッフ』も含め、肉体派俳優として通っていたスコット・グレンは、『羊たちの沈黙』で、眼鏡をかけ、落ち着いた物腰のFBI捜査官ジャック・クロフォードをインテリジェントに演じ、生涯ベスト級の演技を見せた。

■ガス・グリソム

 だが、この7人の中で最も注目すべき、そして愛すべきなのは、フレッド・ウォード演じるガス・グリソムだろう。「バカボンパパ」にも似た愛嬌のあるマスクには、しかしどこか翳りや、屈折や、諦念といった負の精神面が見え隠れする。宇宙へ行く希望も野心もあるが、「Ivan」(イワン)というロシア系のミドルネームを持つがゆえの負い目が、ガス・グリソムの「正しい資質」を歪めてしまい、ミッションを失敗へと押しやる。そんな7人中最大の負け犬の生き様を、フレッド・ウォードはなんとも味わい深い面構えで見せるのだ。

 そしてガス・グリソムの妻を演じるのはヴェロニカ・カートライト。彼女も、どこか天真爛漫さに欠ける、笑い顔よりもむしろ泣き顔の方が印象深い女優だ。『エイリアン』という作品の恐怖を加速させていたのは、カートライトが持ち前のニウロティックな表情とクシャクシャになった泣き顔で演じたランバートというキャラクターだったのではあるまいか。
 だから、そんなヴェロニカ・カートライトが素晴らしい瞬間はやはり、任務にしくじり逃げ帰るように帰還した夫のガスに涙ながらに食ってかかるシーンだ。華々しい成功を手にしてホワイトハウスにまで招待された最初のアストロノーツ=アラン・シェパード(スコット・グレン)とは真逆の、グリソム夫妻にあてがわれたあまりにもうらぶれた「ご褒美」。この映画最大の負け犬夫婦の姿が、なんとも痛々しく輝く。
 天性のスター=ジョン・グレン(エド・ハリス)や、バカが付くほどの自信家=ゴードン・クーパー(デニス・クエイド)が、超人的に「正しい資質」を見せつけるキャラであるのに対し、ガス・グリソムは「正しい資質」のダークサイドを担わされていると言える。
 7人中最も人間臭く、愛すべきなのは、ガス・グリソムである、と小生は見る度に目を細めてしまう。