TAXI DRIVER
『タクシードライバー』(1976年)


1976. British Quad. 30X40inch. Folded.



 スティーヴ・シャピロが撮影したスティルを採用したUK版。
インターナショナル版とはディテールが微妙に異なっている。
ちなみに日本版はUK版に着色したものを採用している。
本編映像と比較してみると、背後の「ADULT MOVIES」の看板に違いがあるのが判る。

■この映画を見たのは11歳の時だった

 小生は『タクシードライバー』を11歳の時に見た。
 1976年秋に公開されたこの映画が郷里の隣町である栃木県足利市の映画館にやって来たのは、翌77年の初夏だったと記憶している。なんとチャールトン・ヘストンの『十戒』との2本立てであった。特撮を駆使した映画史に名高いスペクタクル史劇がリバイバルされるのを知り、ぜひとも見たいと願った小生はクラスメートと連れ立って映画館へと向う。しかし上映時間を確認せずに行ったため、すでに『十戒』は後半にさしかかっており、仕方なしに途中入場するハメに。有名な見せ場の数々(紅海が割れるシーンも勿論)に一応満足するが、やはり前半も見ておきたい。それにはもう1本の映画をまたがねばならない。

 そうやって小生たちは本来の目的ではない『タクシードライバー』を見ることになった。この作品に関する知識は、一応はあった。雑誌「ロードショー」を講読していたし、日曜昼過ぎの番組「TVジョッキー」の映画コーナーで紹介されたのを見ていた。しかし当たり前であるが、子供が見て理解出来、楽しめるような作品ではない。なんともかったるいこの映画に退屈し始めるのに時間はかからなかった。ロビーに出てお菓子を食べたりお喋りしたり、そしてまた場内に戻って映画を眺めたり。
 だが、主人公の男が体を鍛えたり射撃練習をしたりおかしな髪型になったりするあたりから子供の眼にも「なんだ?なんだ?」と興味が湧き始める。かくして映画史上に燦然と輝くヴァイオレンス・シーンがしっかりと眼に焼き付けられることとなった。上映が終了し明るくなった途端に、指鉄砲をこめかみに当ててデ・ニーロの真似に興じる小学生たち。小生はこんな子供だったのだ。
 その後やっとのことで始まった『十戒』だったが、前半の退屈さはもう我慢の限界。途中で映画館を出る小生たち。あんなに不真面目な態度で映画を鑑賞したのはあの時だけだ。

 そしてその5年後、高校生になっていた小生はテレビで夜中に放映された『タクシードライバー』を見た。トラヴィスの声を津嘉山正種が、アイリスの声を冨永みーなが吹き替えていた。そこに懐かしさなど無かった。初めて見る映画のように夢中になった。親が寝静まった真夜中にこっそりと見た、という幸福なシチュエーションもあり、小生はこの作品のムードに酔いに酔った。だから、この時のテレビ放映が初『タクシードライバー』体験ということになる。

■アメリカン・ドリームの暗黒面

 インターナショナル版ポスターのコピーは

「どの街のどのストリートにも、偉いやつになる夢を見てるつまらない奴がいる」

である。そのとおり、この映画はいわゆる「アメリカン・ドリーム」の達成を描いた作品だ。
 ヴェトナム戦争から帰って来た男がタクシー運転手となり、街の悪と対決する。確かに、人生の大きな目標を見つけて肉体を鍛え上げ、拳銃のアタッチメントまで自作して「その時」に臨むトラヴィス・ビックル(デ・ニーロ)の姿はひたすら美しいし、事件後一躍有名人になった途端にかつて自分をふった女が言い寄って来ても微笑んで別れるだけの彼にはダンディズムさえ漂っている。まさに「英雄誕生譚」である。
 しかしこの映画は、同年に、やはりN.Y.出身のイタリア系アメリカ人がアメリカン・ドリームの復権を高らかに謳った『ロッキー』とはまるで違う。ボクシングと殺人の違いについて言ってるのではない。映画の語り口のことだ。
 『タクシードライバー』の語り口には、DreamでもNightmareでもどちらでも構わないが、どこか夢見心地なところがある。それは、バーナード・ハーマン(これが最後の作品となった)によるブルージーかつジャジーなスコアと、蠱惑的でドラッギーなストリート・ヴューのせいだけではない。何と言ってもトラヴィス自身のモノローグ(=彼の日記)によって物語が進行するところが大きい。
 夜の街を流すタクシーの運転席から見えるバビロンのような光景に、トラヴィスの「ぼやき」がかぶさる。彼の目を通して見るN.Y.=70年代中盤のアメリカ。その目の本当の持ち主は、もちろん脚本家=ポール・シュレーダーだ。トラヴィスの語りは、すべてシュレーダーが溜めこんでいた鬱屈と疲弊と憤怒を、デ・ニーロの鼻にかかったヴォイスで音声化したものだ。「God's lonely man....」なんという悲痛な叫び。ただでさえ危うかったトラヴィスの心は、意中の女性に冷たくされたことで加速度的にボーダーへと追いつめられることになる。