2013年ポスターマン映画大賞


映画館で見た総数

146本  ついに2013年初公開の新作が旧作を下回ってしまったのは由々しき問題ではあるが、新作に見るべきものが無かったわけでは全くないどころか、ベスト10中の5本が、なんとSF映画といううれしい異常事態である。
 今年、かつてロサンゼルスで活躍されたSFX映画ジャーナリスト=中子真治さんの著書の編集を手伝い、発刊記念イベントの企画に携わった僕としては、SF映画が辿ったこの30年を振り返らざるを得ない、レトロスペクティヴな心持であった。
 中子さんがその渦中に身を置いていた80年代映像革命期の特殊効果に漲っていた身体感覚を、デジタル技術によって作られたSF映画は取り戻せるのか、という21世紀映画が乗り越えねばならない大きな課題に対し、今年見た素晴らしい5本の作品がひとつの答えを提示してみせた、と言っていいのではないだろうか。そして、それを可能にしたのは、作り手の頭脳と熱意であり、先人達が築いた技術への敬意であり、そして最終的には、やはり俳優の力である。
新作映画 68本
名画座、リヴァイヴァルでの旧作 78本


■ベスト10

*言い訳*
これをUpした翌日、新文芸坐で『クロニクル』を再見しました。
2回目の鑑賞ということで発見やら再確認が多く、
しかも新文芸坐の素晴らしいスクリーンと音響のおかげで初見の時の何倍もの感動を味わいました。
一旦決めたベスト10は訂正しませんが、
今は『クロニクル』を4位にしたい気分であることを記しておきます。

1位 『クラウド アトラス』
 時代も国も人種も異にした別々の6つの物語を、特殊メイクを施した俳優たちに何役も演じさせることで完成した、今までに見たことのない人類史絵巻。
 針と糸を時に繊細に、時に荒々しく使って織り成した異形のタペストリーは、針を駆使する者たちの才能を凌駕する糸(=俳優)の強靭さがあってこそである。「リインカーネーション」や「カルマ」などという安楽な着地点が用意されないまま、ストーリーからストーリーへのめくるめく跳躍の狭間で弄ばれるキャラクターたち。やがて物語群を貫く主軸となっていく最重要キャラを演じたペ・ドゥナがあまりにも魅力的だが、70年代を舞台にしたパートでキース・デイヴィッドに『黒いジャガー』を重ねて見せた心意気も素晴らしい。
 昨年の『アルゴ』に引き続き、俳優存在が映画に果たした役割の大きさをこれでもかと誇示するエンドロールでのカーテン・コールに圧倒され、涙腺が決壊した。もう「映画は俳優たちのものだ」、と言い切ってしまえ。
2位 『マン・オブ・スティール』
 コミックおよびクリストファー・リーヴ主演の過去シリーズに思い入れのある者も無い者も、この作品を容赦無く酷評したことを知っている。だが僕は、この映画が持つダークなルックと、俳優たちが醸し出す温かいアンサンブルのギャップにどうしようもなく魅かれた。
 実の父を演じたラッセル・クロウの逞しさ、育ての父を演じたケヴィン・コスナーの安定感、そして彼ら亡き後を見事に埋める育ての母親役ダイアン・レイン。主人公の暴れっぷりよりも、むしろこの3人のサポートに目も心も奪われた。ゾッド将軍を演じたマイケル・シャノンの特殊な相貌も大きな磁力となったのは勿論。
 ほとんどノーラン作品?いやいや、あのエモーションはザック・スナイダー発である。
3位 『パシフィック・リム』
 怪獣映画王国としての日本の嫡子がメキシコで誕生してしまったことを、巨大ロボットアニメを実写映画へとヴィジュアライズする方法をこれほどまでに理解している者がメキシコ人のオタクであったことを、日本の特撮クリエイターたちはどう受けとめているのか、エールを贈っている場合か、恥ずかしくはないのか、問いたい。
 SF映画はもうここまで来てしまったのだ。これから先、この映画以下では通用しない、ということだ。
 映画館で4回観賞したものの、実はそれほど体感型作品だとは思っていない。むしろBlu-rayを家庭用モニターで見て、偏執狂的とも言えるレベルの映像のディテールを味わうべきではないか。
 ちなみに、テーマ曲を口ずさめるほどキャッチーなサントラは実に久しぶり。
4位 『(ゼロ・)グラビティ』
 かつてキューブリックが『2001年宇宙の旅』で探求した「究極の映画体験」を、2013年の技術でアップデートしてみせた映画史における最新の映像は、『2001年』という作品がシネラマ・スクリーンに映し出されることを想定して製作されたように、IMAXの巨大画面でこそ、そのポテンシャルを最大限に発揮する。そして、その時にこそ、ひとりの女性が過去の呪縛から解放され、生まれ変わり、新たな一歩を踏み出すドラマが、かつて味わったことのないカタルシスを獲得するのである。
 これを体験すれば、もう宇宙へ行く必要は無いだろう。この映画を見た感想を最も訊いてみたい人は、ジャン=リュック・ゴダールである。
5位 『偽りなき者』
 デンマークの片田舎、幼女がつぶやいた性的虐待をほのめかす嘘が、長年にわたって育まれた男たちの友情をいともたやすく引き裂き、温かだったコミュニティを村八分の牢獄へと変える。
 冤罪事件の犠牲者を演じるマッツ・ミケルセンのグルーミーでどこかニウロティックなルックは、冴えない田舎町という舞台において既に異物感全開で、彼が欺瞞と戦えば戦うほど舐めることになる辛酸の物語に必然すら感じさせる。変態顔=ミケルセンをキャスティングしたからこそドラマに特異な志向性が生まれた。
 ラストの苦々しさも含め、あの「負のアミューズメント」ぶりは、さすがラース・フォン・トリアーの同志。
6位 『ゼロ・ダーク・サーティ』
 女流映画監督界最高の男=キャスリン・ビグローが描くCIAによるオサマ・ビンラディン捜索&暗殺計画。
 女性分析官の奮闘を軸に展開する群像劇は圧倒的なディテールで、その精緻なショットの積み重ねはまるでポリティカル・フィクションを読んでいるかのようなアドレナリンを放出させる。
 前作でストーリー・テリングのノイズとなるほど乱用されていた手持ちカメラ撮影も、今回は適材適所で好印象。とりわけクライマックスにおけるビンラディンの隠れ家を急襲する際の暗視ゴーグル映像は、スリルに加えてフェティシズムすら匂わせる。
 なんでこんな映画を女が撮れるのか、という性差別的な疑問を戒めるつもりは、今回もない。
7位 『ザ・マスター』
 この映画の感想を書く前にフィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなってしまった。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を除く全フィルモグラフィを単なる脇役以上の存在感で支え続けてくれた盟友の死を、ポール・トーマス・アンダーソン監督は受け止められたのだろうか。
 ホフマンとの最後の共闘となってしまった『ザ・マスター』は、彼らが昇りつめた頂上であり、同時に、そこから見渡せる新たな映画地平への最初の一歩でもあった。アメリカ映画史におけるあまりにも巨大な損失、と現時点で断言してしまうのは決して間違いではないはずである。あまりにも寂し過ぎる。
8位 『かぐや姫の物語』
 東映動画草創期の劇場アニメーションにみなぎっていた、絵を動かすこと、生命を吹き込むことの原初的な歓喜へと回帰すべく趣向を凝らされた驚異的な作画+動画表現は、COOL JAPANなどというチャラいフレーズを一蹴するばかりか、日本美術史における新しい国宝の誕生と言える。
 『白蛇伝』から50年以上を経て生まれたこの21世紀の古典には、もはやアニメでしか残せないであろう崇高な美意識と深遠なる死生観が、痛々しいほど切実に込められている。作品の技術的側面にしか目が行かなかった者たちも、いずれそのことに気付かねばならない。
9位 『クロニクル』
 「巨大ロボVS怪獣」への目の覚めるようなオマージュぶりを見せつけた『パシフィック・リム』と同レベルでの偉業を、大友克洋に向けて成し遂げた、超能力映画の新しいスタンダード。デーン・デハーンのか細い肉体とベソ面は、「鉄雄」が抱え込んでいた最もセンシティブな部分のアダプテーションに成功している。もう『アキラ』の実写映画は必要ない。本当に要らないから。
10位 『ベルリン・ファイル』
 もはや韓国アクション映画のモダン・クラシックとなりつつある『シュリ』を超えようと韓国映画が模索する「南北分断サスペンス」の新たな傑作の誕生。『シュリ』に影を落としていたのが『ブラック・サンデー』なら、今作は『コンドル』だろうか。
 これから始まる苛烈な弔い合戦を予感させ、この作品が壮大な序章に過ぎなかったと思わせてしまうほどに、アドレナリンをこれでもかと溢れ出させるラスト・シークェンスと、主人公の煮えたぎる闘志を完璧に表す最後のセリフがもたらしてくれるエクスタシー。この見事なカット・アウトはここ数年で最高のものである。


■ベスト・アクター

リン・チンタイ(林慶台  力作とは認めるもののいろいろと不満も多かった『セデック・バレ』だが、2013年にスクリーンで見た最高の顔は何の迷いもなくこの人に決定。近藤等則(トランペッター)と藤田進を足したようなへの字口。永井豪「バイオレンスジャック」を実写化する際は、絶対にこの人が必要となるはず。


■ベスト・アクトレス

かぐや姫  2次元ですが、なにか?


■ワースト

 『ワールド・ウォーZ』面白みの無い物語。精彩を欠いたキャラ。怖くもなんともないヴィジュアル。こんなものを作って誰が得するのか。『ムーンライズ・キングダム』ありがたいことに見たことを忘れつつある。『ジャンゴ 繋がれざる者』いくらなんでも長過ぎる。90分にすれば超傑作になったのに。『リンカーン』授業って退屈だったことを思い出した。『エリジウム』金持ちVS貧乏人の血で血を洗う死闘がスペース・コロニーで繰り広げられると思ってたんだが。それに「ガンダム」オマージュがあるなら、最後でコロニーが地球に落下しなきゃだろ。


この次はモアベターよ。
(by 小森和子)